「あの患者さん、ちょっと心配やね」
先輩の先生が診察を終えた後にこうおっしゃいました。患者さんは20代の女性でやせ型。歯の表面を覆うエナメル質が薄くなり、その内側にある象牙質が表面に出てきているため、歯が黄色っぽくみえます。また、ところどころ虫歯もできていました。
患者さんの歯は酸でエナメル質が溶ける、酸蝕症(さんしょくしょう)と呼ばれる状態です。酸蝕症の原因としてはいくつか考えられますが、そのうちの1つに「摂食障害」が挙げられます。
厚生労働省の「みんなのメンタルヘルス総合サイト」によると、摂食障害とは、「食事に関連した行動の異常が続き、体重や体型のとらえ方などを中心に、心と体の両方に影響が及ぶ病気」で、医療機関にかかっている患者さんは年間約21万人に上るそうです。冒頭の患者さんの場合、特に上顎の前歯の裏側が薄くなっていたことから、食べては吐くことを繰り返す摂食障害が疑われました。強酸性である胃酸(塩酸)により、歯が徐々に溶けていった可能性があります。
歯が溶けてくると、飲み物などがしみたり痛みを感じたりします。歯が脆くなったり、割れてしまったりすると、詰めものやかぶせもの、かみ合わせなどに影響が出る可能性があり、治療が難しくなることも否めません。若くして歯を失うと、それを他の人に知られるのを嫌がり、外出をためらうようになることもあります。
摂食障害では食べる衝動が抑えられず、常にお菓子や甘いものなどを大量に口にするといったケースもみられます。通常食後は口の中が酸性に傾いていますが、唾液の作用により徐々に中性に戻っていきます。この時エナメル質の修復が起こりますが、常に何かを口にしていると酸性に傾く時間が長くなるため修復できず、虫歯もできやすくなります。また吐くと口の中の酸を中和するために唾液をたくさん出そうとし、唾液腺が腫れることもあります。吐いた直後は歯磨きをせず、水で口をゆすぎ、口の中の状態を整えましょう。
冒頭の患者さんは当時心の病気を患っていらっしゃったのですが、歯科と並行して治療を続けられ、今はどちらも問題がなくなったそうです。日々さまざまなストレスや不安を感じることが多いうえにコロナ禍が長引き、心身ともに本当につらいという方も少なくないでしょう。口の中で気になる症状があるような場合、お1人で苦しまず、ぜひ歯科医院を訪れていただきたいと思います。