兵庫県神戸市に本社を持つ川崎重工(以下、カワサキ)。日本の主要バイクメーカー4社の中でも特に硬派なイメージがあり、マニアックのファンが多いことでも知られるメーカーです。これまで、他メーカーがこぞって開発してきた低排気量バイクにはさほど手を出さず、あくまでも「バイク」本来の魅力を追及するかのように高排気量モデルばかりをリリース。この点も「真のバイクファン」からの熱い視線を受ける理由の一つかもしれません。
そんなカワサキですが、このたび「noslisu(ノスリス)」なる電動3輪ビークルを開発。クラウドファンディングサイトで先行販売をし、話題を呼んでいます。
「noslisu」には2モデルがあります。普通自動車免許取得者が乗ることができる「フル電動仕様」、そして免許の要らない「電動アシスト自転車仕様」。いずれもわすかな力で快適に走行することができるようですが、その個性的な見た目と合わせて、前述のような従来のカワサキファンからは「カワサキが電動モビリティに手を出すなんて…」とやや否定的の声もあったようです。
今回は、この「noslisu」を試乗しその中身に迫りながら、同時に開発を担当した川崎重工・近未来モビリティ総括部・石井宏志さんにも話を聞きました。
見た目の「デカい」「なんか重そう」に反して…
「noslisu」試乗のために向かった電動自転車展示会。複数のメーカーができるだけシンプル、コンパクトな電動自転車ばかりを展示するなか、「noslisu」のブースに置かれたそれはフロントに2輪、リアに1輪というかなり個性的なビジュアルのものでした。
見た目的には正直「だいぶデカい!」と思いましたが、全体にはいかにもカワサキらしい無骨な印象も漂い、また細部に供えられたディスクブレーキ、ギア、モーターなどはハイクオリティのパーツが組み込まれていることがすぐにわかります。
これらから想像以上の好感触を抱いた筆者でしたが、実際のスピードは35〜40キロほど出るのだそうです。幹線道路での乗車は正直怖そうですが、幹線道路以外の入り組んだ道などではかえって重宝しそうに思いました。
「フロント2輪」の理由がわかったような気に…
次に「noslisu」の「電動アシスト自転車仕様」を見てみます。こちらは前述の「フル電動仕様」に比べると、よりシンプルな作りであり、どことなくママチャリに近づけたような印象です。
さっそく乗ってみましたが、電動アシストのせいでひとこぎするだけで、一気に数メートルも前に進み、運転は実に楽。さらに角、カーブなどでも、フロント2輪のシャーシが柔軟に動き、体に負担なく、安定感を維持したまま曲がることができました。
「なんでフロント2輪やねん!」と感じられる方も多いかもしれませんが、この曲がる際などの安定性を保つために、あえてこの構造になっているようにも思いました。
見慣れない見た目の「noslisu」なので、またがるまでは多少抵抗感を抱く人もいるかもしれませんが、実際の乗り味は想像以上の安定感・心地よさです。特にバイクや自転車に乗り慣れていない方、高齢者の方などでも安心・安全に乗ることができるよう工夫されているように感じました。
開発のきっかけは、ホームセンターで会ったおじさんたちの声
ではこの「noslisu」、実際にどんな経緯で開発され、どんな工夫がなされているかを川崎重工・近未来モビリティ総括部・石井宏志さんに聞きました。
――まず、バイクファンの間では特に硬派なイメージがあるカワサキが、何故「noslisu」のような電動モビリティの開発に取り組んだのかをお聞かせください。
石井 バイク、自動車メーカーはどこもそうだと思いますが、いつまでもガソリンを燃やし続けるモデルをやっていくわけにはいきません。そのことで各社ともハイブリット、EVモデルなどの開発を行っているわけですが、弊社でも数年前より「遠くない未来に向けた、新しい提案ができるモデルを研究しよう」というプロジェクトがスタートしました。
ただ、いろいろと試作モデルを作ってきたものの、どれもイマイチでした。バイク好きの人にとっては物足りないし、バイクを知らない人から見ても「イマイチだ」みたいな感想ばかりでした。
そんななか、2018年1月に、たまたま僕が個人的にホームセンターに行ったところ、駐車場にイタリア製の3輪バイクが置いてあったんです。フロントが2輪のモデルなのですが、個人的に興味があったので、そのオーナーさんが戻ってきたら「乗せてもらおう」と思い、寒いなか、ずっとその3輪バイクの前で待っていました。
その待っている間、今度は他のお客さんが僕のところに寄ってきて「すごいですね。こんな3輪バイクがあるんですね」と、僕をその3輪バイクのオーナーと勘違いされて話しかけてきました。さらに続々と3人くらいの方が寄ってきて皆さん同様に「3輪は良い」と言います。
皆さん、60歳台の方でしたが、口を揃えておっしゃっていたのは「バイクは原付であってもお母ちゃんに怒られる」と(笑)。「そんな危ないものに乗るな」と。「自転車じゃダメなんですか?」と僕が尋ねると、「いや自転車で行ける距離は限られてるからダメだ」と。
この方々のお話が僕にはかなりのヒントととなり、原付と自転車との間のようなモビリティがあれば、これはウケるはずだと思い、さらに研究を重ねて「noslisu」に辿り着きました。
賛否両論あるのは事実。しかし、新しいユーザーからは絶賛の声が!
――試乗させていただきましたが、見慣れないモデルでありながらも安定感抜群で、確かに「原付と自転車の間」のモビリティのように感じました。ただ、気になるのは坂道なんですよ。試乗では試せなかったですが、坂道もスイスイ走れるのでしょうか。
石井 坂道に関する試乗は本当に何度もやりました。弊社がある兵庫県、特に神戸エリアは六甲山が迫っていることで、急な坂が多いです。そこで「登る・下がる」を繰り返しました。また、「noslisu」はフロントにキャリアがあり、積載性も高めていますので、荷物をたくさん積んだ状態での坂道ではどうなるかなども試しました。これらの実験でもクリアしていますので、坂道でも安心・安全に乗ることができると思います。
――実際、どんな反響がありましたか?
石井 正直を言うと賛否両論ですね。バイクの世界にガッツリハマってる人からは批判的な意見もありました。「カワサキなのに、ハンパなものを作りやがって」みたいな意見です。一方、これまではバイクの世界に全く触れていなかった方からは圧倒的にポジティブな意見が多く、事業として新しい可能性が見えたという点では成功のように思っています。
バイクメーカーならではの完成度の高さ。市販までしばし待つべし!
――一方、各社こぞって開発を進めている「電動モビリティ」という意味では、他社製品に対し、どんな点がウィークポイントになりますか?
石井 電動キックボード、落ちたたみ式の電動自転車なども増えていますが、 長年バイクの開発をしてきた僕らの感覚でみると、かなり危なっかしいものもあります。「タイヤが小さい」「ホイルベースも短い」「車両が軽い割にハンドルがブレる」など。不特定多数の方が乗るモビリティとしては、完成されていないものも多いように見ています。
その点、僕らの「noslisu」は、できる限り扱いやすいようにする一方、安全面で「超えちゃいけない一線」は超えていません。安全性・安定性には十分配慮したモデルですので、他の電動モビリティよりも圧倒的に完成度が高いという自信を持っています。
――現在は、クラウドファンディングサイトでの先行販売のみとのことですが、量産・市販も予定されているのですよね?
石井 はい。現在ヨーロッパを中心に電動モビリティ系の需要が爆発しており、部品の入手が世界的に困難になっています。これが落ち着く時期……おそらく来年以降にはなると思いますが、さらにブラッシュアップさせた市販モデルをお届けできると思います。ぜひ注目していただければうれしいですね。
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このように、「noslisu」は硬派バイクメーカー・カワサキが自信をもって開発・発表したことがわかりました。見た目としては個性的ではありますが、市販された際には一気に支持が高まる可能性も秘めています。今後の動向にもぜひ注目してください!