「みんなのため」なら人は冷酷になる 利益をもたらさない人物ほど追放しても心が痛まない 研究者らが心理実験

竹内 章 竹内 章

企業ドラマの劇中、リストラや解雇を告げる人物は冷酷なヒールとして描かれますが、実際にはその胸中にはどんな思いがよぎるのでしょうか。集団から特定の人を排斥する際、集団にわずかしか利益をもたらさない人が対象なら心が痛みにくいことが、高知工科大や名古屋大などの研究で分かりました。みんなのための追放ならば胸は痛みにくいという人間の心の仕組みを、皆さんはどう考えますか。

高知工科大学情報学群の玉井颯一助教、名古屋大学大学院教育発達科学研究科の五十嵐祐准教授らの研究で、研究の詳細は、5月2日付で科学雑誌「European Journal of Social Psychology」に掲載されました。

近年の研究では、人間は互いに受容し合うべきだというルールを心の中にもっていると考えられてきました。一方、実社会では集団からの排斥という「ルール違反」が日常的に生じています。今回の研究は、この疑問の解決という目的がありました。

今回の研究では、実験参加者は、Aさん、Bさん、Sさん、Lさん(A~Lさんは実験のために想定された架空の人物)という集団に加わります。お互いに協力しながら利益を生み出しますが、資源が減少し集団を存続させる上で、1人を排斥しなければならない事態が生じます。選択権は実験参加者にあります。

ここで実験参加者には、SさんとLさんがもたらす利益の量を示すグラフが提示されます。例えば、Sさんは集団全体には100の利益をもたらしますが、実験参加者には16とそう多くありません。一方、Lさんは集団全体には65ですが、実験参加者には57と“恩人”のような存在です。このグラフだけを参考にどちらを排斥するかを選び、その時の心の痛みを、1点「まったく痛まなかった」~6点「最悪の痛み」の6段階評定で回答しました。ここまでの流れを1回として、グラフの内容を変えつつ計40回繰り返しました。集団にもたらす利益がSさんとLさんほぼ同じで、実験参加者にもたらす利益に大きな差があるグラフも示し、心の痛みを調べました。

排斥されたのはどちらか。双方の集団への貢献度に大差がある場合、集団への貢献度が少ない人物が排斥されやすいことが分かりました。また、排斥される人物が集団にもたらす利益が少ない人物であったときほど、排斥を決めた参加者の心の痛みの度合いが軽いことも確認されました。玉井助教に聞きました。

―自分だけの利益より集団への利益を優先することから何が推察できるのでしょうか

「研究の結果は、互いに受け入れ合うべきだというルールはあらゆる状況で有効というわけではないことを表しています。集団の利益を最大化するのであれば、ルール違反であるはずの排斥は生じやすくなり、心の痛みという感情的な反応を抑え込むことができる可能性を表しています。集団としての生活を最適化するように人間の心が組み立てられていることを示す証拠の一つとなるかもしれません」

―心の痛みの程度が示すものは

「これまでの心理学の研究では、他の人を排斥すると強い心の痛みを感じることが明らかにされてきましたが、排斥の対象となった人物に関する情報は与えられておらず『どのような状況であっても、排斥をすると心は痛むのか?』という疑問は残されたままでした。私たちの研究では、集団に少しの利益しかもたらさない人を排斥した場合は心が痛みにくいことを突き止めました。人間の歴史上、排斥をはじめとする通常ならば否定的であるはずの行為がさまざまな状況で繰り返されました。こうした行為が実行に移される時、人間はどのようにしてそれをやむなしと考えるのでしょうか。こうした問いを扱う研究は今後も進められていくと思います」

―「みんなのため」が排斥の言い訳に?

「本研究は排斥という題材を扱い、集団の利益を重視することがネガティブな行為を正当化する効果をもつことを心理学的な手法で示しました。集団のためという大義名分の下で特定個人に不利益をもたらすことが正当化されている状況は他にも多くあると考えられます。ネガティブな行為がいかにして正当化されるのかを考える今後の研究にも役立てられると考えられます」

―今回の「集団からの追放」は、学校現場のいじめや仲間外れ、コロナ禍の村八分のような実社会の問題とどう結び付けられるのでしょうか

「今回の私たちの研究では、強制的に誰かを排斥しなければならない状況を設定し、さらに、集団・個人に金銭的な利益がもたらされる状況を用いています。こうした設定は、会社での解雇などの排斥には通じる部分があるはずです。また、いじめのような状況でも、集団の調和を乱すという理由で心の痛みが抑え込まれ、排斥が生まれている可能性もあります。今回の研究結果がいじめのような状況でも同様に見られるのか、今後検討していく必要があると考えています」

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▽名古屋大学のリリースはこちら→
https://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20210514_educa.pdf

▽「European Journal of Social Psychology」の掲載はこちら→
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ejsp.2725

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