夕暮れ、赤提灯がともる路地。スポットライトのような街灯に照らされ三毛が繰り出す猫パンチを、ひらりとかわすキジトラ…。たった1枚の写真からいろんな物語が生まれてきそうな、一瞬を捉えたエモ過ぎる写真がこの春、Twitter上で話題になりました。写真に添えられていたのはこの春、多くのユーザーの間に広がった「#ニコン頑張れ」のタグ。スマホの普及などでカメラ分野の苦戦が続く中、日本のデジカメの歴史に名を残す名機への思いと、「Made by Nikon」にかけた開発者の思いを聞きました。
ネオンと空の青さが作り出す一瞬の情景
撮影したのは、アマチュアカメラマンの津島良伍さん(22)。写真愛好家の母の影響で小4からカメラに親しみ、高校からは写真部に所属。全国高校生総合文化祭に出場し、全日本写真連盟の90周年記念フォトコンテスト高校生部門で優秀賞を受賞するなど数々の賞に輝き、福山大1年の時には「IREC(公益財団法人教育文化協会)幸せさがし文化展」で連合大賞を受賞し、「学長賞」 も授与されました。2年の時に撮影したこの写真も、「月例フォトコンテスト」で銀賞に輝き、2020年のカレンダーの表紙に採用されました。
津島さんに話を聞きました。
-すごい対決ですね。場所はどちらですか?
「尾道です。尾道にはたくさんの路地があり、多くの野良猫が生息しています。この小さな路地は大変気に入ってる場所で、何度も通っています。この写真は2019年3月の撮影ですが、春先はネオンの点く時間と空の青さが残る時間が一致するので、大変フォトジェニックな作品が撮れます」
-撮影した状況は?
「この猫たちはなじみがあり、この日も彼らの思い思いの様子を撮影していました。左が雌、右が雄猫です。 この日は、やけに雄猫が雌猫をかまい続け、ついに業を煮やした雌猫が反撃に出始めました。その間は30分ほどでしたが、2匹の思いもよらない対決シーンをアングルを変えながら追い続けました。2匹に当たる光は、左から差す外灯の灯りです。まるで映画の舞台が展開されているようで、千載一遇ともいえる薄暮の時間帯を逃すまいとシャッターを押し続けました。もう1枚も店内からの明かりが猫の顔に向かって差し、お店と猫のあたたかい関係性を感じてもらえるような一瞬を切り取りました」
夜間撮影の「最高の相棒」
-しっとりとした情感が、なんとも言えません。
「どちらもD500の夜間撮影のレスポンスの良さが発揮されたと思いますが、やはり、歩くこと、待つこと、出会いの一瞬を大切にすることが必要です。尾道を撮り続けて4年ぐらい、猫たちも沢山スナップしてきて、顔を見れば『あっ、今日は元気がないな』と分かるようになりました。この雌猫はとても懐いてくれていたんですが、この半年後ぐらいから見かけなくなり、寂しい思いにかられました。今もどこかで元気にしていると良いのですが」
-「#ニコン頑張れ」との言葉も添えられていましたね。
「機材への思いは、母に付いて撮影地に出向く中で、撮影や被写体を見つける楽しさを知るのと一緒に芽生えてきました。D500は大学生になり初めて購入した自分自身のカメラです。AFポイントがファインダー全域をカバーしていたのが強みで、最大の魅力だったのは、圧倒的な高感度耐性を持つ最高機種のD5と同じ最新の映像エンジン"EXPEED 5"を搭載し、APS-Cセンサー機でも広い感度域が得られたこと。このAFの食いつきの良さと高感度耐性の良さから、夜間撮影においては絶対的な信頼を持つようになりましたし、動き物を撮影する際に必要な連写機能の高さも非常に助かりました。今では各社が高性能の機種を投入していますが、このシーンの撮影においては、自分にとって最高の相棒だったと思います」
と熱く語ってくれました。
「とにかく目一杯詰め込んだ」最新機種にも見劣りしない性能
D500は「デジタル一眼の世界を変えた」ともいわれる名機D300の後継となる“APS-Cセンサー機のフラッグシップモデル”として2016年に登場。開発に携わった映像事業部の松島茂夫さんは「通常は2~3年で次の機種が出るところ、D300 Sから6年程の年月が過ぎ、多くのユーザーから後継機種をというお声は頂いていました。ほぼ同時に発売した最上位機種のD5で、エンジンやセンサーを含め大幅な技術的な更新が多くできたので、それを全て詰め込む形で開発しました」と振り返ります。
ただ、D5と同じ性能を、より小型で取り回しやすいボディに詰め込むには並々ならぬ苦労がありました。「例えばファインダー全域でAFポイントをカバーし、さらに1秒間10コマの高速連写機能を持たせようとすれば、光を安定させるための大きなミラーが必要になる。でも、そんな大きな物は入らない。サイズを調整し、それでいて高速連写でもバタつかないように。さらにノイズ処理や解像度のバランス、D5には無いモニターで確認しながら撮影できる機能やスマホアプリへの対応…と、とにかく目一杯詰め込んだ」と松島さん。開発には主要メンバーのほか4~5倍の人員が関わり、各パーツ、さらにユニットを組み上げてからも何度もシミュレーションとテストを繰り返して完成させたD500は発売から5年が過ぎた今も「最新機種と比べても見劣りしないと自負しています」と胸を張ります。
国内生産終了でも…「Made by Nikon」の誇り
松島さんは企画部門に10年在籍し、設計にも携わってきました。中学生の頃からニコンFMを使い、白黒フィルムを現像していた世代。「フィルムの頃は36枚あっても上手く撮れたのは1枚だけだったことも。デジタルになった今は結果がすぐ分かるから、ちょっと気に入らなければ2枚でも3枚でも納得できるまで追究できる。とはいえ、表情など本当にいい瞬間を捉えるのはデジタルでも難しい。その一瞬を捉えるお手伝いが出来て、『ああ良い写真が撮れたな』『面白い』と喜んで頂けたらそれが一番嬉しいですし、写真展で使用機材に携わった機種が書かれていたら、冥利に尽きます」とほほ笑みます。
スマホの普及で、カメラを取り巻く環境は厳しさを増していますが「スマホは写真文化をすごく広げてくれている。でもカメラにはスマホにできない表現があり、必ず今までと違った写真が撮れます。いつもはスマホ、でもとっておきの時にはカメラ。スマホ+αという形で使ってほしい」と松島さん。国内でのカメラ生産は終了しますが、同社広報部も「D500も発売当初からタイ工場で生産しているように『Made by Nikon』には変わりはありません。これからもいい商品を作り続けて、カメラの魅力をお届けし、ご期待に応えていきたいと思います」と力を込めました。