授業中にびよ~んと延ばしたり、せっせと消しくずを水のりとこねたりしていて、先生に怒られた―。そんな「ねりけし」の思い出がある人は少なくないのではないでしょうか。翻って令和の時代、文房具売り場を見ると…ありました!しかも透明や「岩石入り」など驚きのものばかり。1977(昭和52)年の発売以来、40年以上にわたって新商品を出し続けるメーカーの担当者は、その情熱の源泉を「誰もが通って来た、“子ども”に立ち戻ること」と語ります。
「コーラねりけし」が子どもたちを虜(とりこ)に
株式会社シード(本社:大阪市都島区)。常務取締役で長年商品開発に携わってきた藤井愼也さん(55)によると、ねりけしは元々、デッサン用に生まれたもの。同社では1977年に「従来にない消字力」をうたい、最初となる「ねり消しゴム」を発売しました。
転機が訪れたのは3年後。それまでのシンプルな形とは一線を画す、コーラのパッケージにコーラの香りと色を付けた「コーラねり消し」を発売したところ、「もう、とんでもなく売れた、と伝え聞いています(笑)」と商品開発課の別所直哉さん(30)。今では物議を呼びそうなデザインも、そこはまだ様々なことが緩やかだった昭和の時代。子どもたちはこぞってねりけしを買い求め、あまりの遊びっぷりに、学校の先生や保護者から“目の敵”にされたこともありました。
その後も子どもたちに支持され、シガーチョコやマッチ、プリンなどに形を寄せた商品が次々に誕生。ところが、平成に入ると細部まで再現された精巧な彩色フィギュアが登場し、これに伴って開発の方針も「似せる」から色や香り、見た目重視に変化。そうした中で、第2の大ヒット商品「100倍のびるスーパーねりけし」が生まれ、実際に1㎝が1mになるか測って確認もしたそうです。
子どもたちを驚かせた「透明」ねりけし…その原点はiMac
そして2004年に発売され、子どもたちを驚かせたのが、透明のねりけし。「ものづくりをしてきた者として、色付きを透明にしてみたい…というのはごく自然な流れでした」(藤井さん)。折しも本体が透けて見える斬新なデザインのiMacが発売され、人気を博していた頃。「ねりけしの前に普通の消しゴムで挑戦して上手くいったので、ねりけしでも、と…。ただ、当然ながら素材は一から見直しなので、現場は私たちとはまた違う苦労があったと思います。透明が出来たら、次はラメを入れようか、次は金銀、次は蓄光…と。いろんな商品開発をしてきましたが、ねりけしだけはやっぱり発想が『遊び』に振ってるんですよね」(藤井さん)。
時には失敗もしつつ、絶えず新商品を投入。2021年1月時点でホームページには25種類をラインアップしています。中には、デザイン学校と連携した商品や、かつて誰もが挑んでは挫折した「消しくずでねりけしを作る」のが簡単にできる-という夢のような商品も。コロナ禍に見舞われた昨年には家で遊べるようにと、水でこねて作れるねりけしを満を持して投入しましたが、「素手で触るのが敬遠されたのか、サッパリ売れませんでしたね…」(別所さん)なんてことも。でも、「それでもいいんです」と藤井さん。
「こういう業界にいる者の常でつい、オシャレで洗練されたデザインのものを作ろうとしてしまうんですが、あのコーラねりけし以来、ねりけしの“お客様”はずっと『小学3、4年生ぐらいまでの子ども』。お店の棚で言うと、大人が気付かない下の方にある、色もデザインもガチャガチャしたやつ(笑)。それが子どもには、とてつもなく魅力的なんです。みんな忘れてしまっているけれど、そんな時代を誰しもが通ってきた。子どもの頃の自分がどういうものが欲しかったか。いつも、そこに立ち戻るよう伝えています」
なぜか「夏に売れる」不思議な商品
少量ずつたくさんの種類を生産し、入れ替わりも多いため、包装は今も手作業のまま。そうして作り続けられるねりけしは、令和の時代に入っても根強い人気があり、特に文房具の販売が落ち込みがちな夏でもよく売れる「不思議な商品」なのだとか。また、のびてくっつく性質を利用し、画鋲代わりに紙を接着させる「ハリ玉」や「おそうじねりけし」などの派生商品も生まれています。
「大人にとっては懐かしくて、新しい商品。例えばおじいちゃんおばあちゃんが、懐かしくて買ってあげて、ハマって…という流れがあるのかも知れませんね。ゲームだと親に怒られるけど『ねりけしなら文房具だし』とか…」と別所さん。藤井さんも「時代は変わり、子どもたちは卒業しても、また次の子どもたちが…と、長年愛して頂いていることは、作り手としても実感しています」と微笑みます。
「ただ、一応文房具なんですが、デッサン用のねりけし以外はあんまり消えないんですけどね」とお二人。最近ではパッケージに「このねりけしは字を消すことに適していません」と正直に書いてあるそうです。