2020年も残りわずか。この1年を振ると、コロナ禍はそれまで黒子的存在だった「官邸官僚」という存在をあぶり出したと実感する。「アベノマスク」などが官僚の発案と報じられ、SNSで議論が沸き起こった。また、森友問題で決裁文書の改ざんを命じられ、2年前に自死した財務省近畿財務局の職員・赤木俊夫さんの妻による裁判で改めて「官僚の世界」がクローズアップされた。元経産省官僚、元内閣審議官の古賀茂明氏が都内で当サイトの取材に応じ、今秋出版された新著「日本を壊した霞が関の弱い人たち ~新・官僚の責任」(集英社)を元に今年の官僚案件を総括した。
新型コロナウイルスという未知の脅威に覆われながら、その水際対策の遅れが批判されていた今春、官邸官僚の発案である「アベノマスク」をはじめ、安倍晋三首相(当時)が自宅でくつろぐ「星野源と(勝手に)コラボ動画」ツイッター投稿が物議を醸した。露見した官僚と庶民の意識のギャップ。古賀氏は次のように解説する。
「官僚は受験戦争を勝ち抜き、出自も恵まれている人が多い。役所に入れば権力側に立ち、若い時から『偉い人』たちに会える。だが、社会の底辺で苦しんでいる人たちの声を聞く機会は少なく、庶民目線と交わることがない。憲法や森友・加計問題などと違い、コロナは一般の人が不安を感じる最も直接的なことなので、やることなすことが国民目線からかけ離れていると気づかれ、何をやってるんだということになった。身近でわかりやすい話だとテレビで面白おかしく取り上げられ、政権の支持率が大きく下がる。菅首相の『ガースーです』もそうですが、コロナ対策はその典型だった」
古賀氏は、正義感を持って国民のために働く官僚を「消防士型」と本書で記した。逆に、自己犠牲より自己保身、国民ではなく役所のために働く官僚を著書のタイトルにある通り「弱い人たち」と定義する。「赤木さんは消防士型」だったが、そうした人たちは絶滅危惧種で、「凡人型」などの「弱い人」が大勢を占めるという。
「官僚の採用面接は『役所のために役立つか』と『一緒に働いていて楽しいか』という観点で選んでしまう。大事なのは『国民のために自分を律すること』なのに、『役所のため』という視点で教育され、出世するので、とんでもないことも起きる。端的に表れたのが、赤木さんが犠牲になった公文書改ざんです。『消防士型』で最後まで勤め上げられる人は『絶滅危惧種』です」
古賀氏は、官僚の意識が与党議員にも影響を与えると言う。自民党議員は1年生から官僚が講師を務める食事付きの勉強会に参加する。
「勉強会は自民党本部で毎日のようにやっていて、大半は官僚が説明する。例えば、原発がなぜ大事かといった話を何回も聞かされ、そこに反原発の人を呼ぶことはない。多様な意見を聞かずに、役所の『こうでなければならない』という結論ありきで、それに合う話を一生懸命に探す。そうではない意見が学者から出て来た時、官僚と政治家が『ほんと、あいつらバカだね』と一緒に笑っている場面を私は何回も見ました。違う意見を言う専門家を見下す。集団的自衛権の時も、憲法学者のほとんどが違憲だと反対しているにもかかわらず、わずか数人の賛成している学者の話だけを聞いて、それでいいんだということになる。今年9月以降、表に出てきた学術会議の問題は憲法や太平洋戦争に関する根本的な対立が背景にありますが、異論を述べる専門家を軽蔑する姿勢も大きく影響しているのは確かです」
こうした事象を背景に、20代の国家公務員総合職の自己都合退職が激増しているという報道について、古賀氏に見解を聞いた。
「やめることが問題ではない。民間でも若くして会社をやめる人は増え、ぐるぐる回りながらスキルアップしていくことはいいことだと思います。ただ、官僚の場合は『ここにいても将来がない』『自分がすり減るだけでスキルアップができない』、さらには『不正にまで関与させられる』という、とんでもない理由でやめていく。国会の答弁作成で残業になる理由は何かというと、野党議員が質問を出すのが遅いということだけではなく、間違っているのに間違っていることを認めないための答弁を書かされるからです。『GoToは間違っていない』という元々『あり得ない』答弁を無理やり書かされるから徹夜になってしまう。『私たちは間違っていましたので、こういうふうに直します』と認める政権でないと、そういうブラックな環境はただせない」
「消防士型」の官僚が報われる日は来るのだろうか。「来年3月7日のご命日に、赤木さんのお墓参りができたらと思っています」。古賀氏はそう結んだ。