アメリカ大統領選まで3週間あまり。トランプ大統領が新型コロナウイルスに感染するなど、混沌とした状況が続いていますが、今回は、大統領選で論争を起こしている米国最高裁判事任命問題、そして、米国民に絶大な人気のあった一人の判事の人生に、ふれてみたいと思います。分断の進んでいく、この世界を生きる私たちに、重要な示唆を含んでいるように思うので。
ところで、皆様の中に、日本の最高裁判所判事の名前をご存知の方は、どれくらいいらっしゃるでしょうか?法曹にご関心のある方以外は、「知らない」という方がほとんどではないでしょうか。
一方、米国では大きく様相が異なります。米国の最高裁判所の判事が誰になるかは、米国民の重大な関心事です。米国で連邦最高裁の持つ力は非常に大きく、連邦法や州法、連邦や州の行政府の行為、大統領令が、合衆国憲法に反するか否かを判断する権限(違憲審査権)を有します。人工妊娠中絶、同性婚、移民、死刑、銃規制、プライバシー、環境問題等々、人権や価値観に関わる多様な問題についての判断を下し、連邦政府や州政府の政策に多大な影響を与えます。
そして、連邦最高裁判事の人事には、保守とリベラルの対立が反映されます。共和党と民主党、どちらの大統領により指名された判事かによって、上述したような国を二分する重要な案件の動向が変わってきます。連邦最高裁判事の任期は終身であり、死亡するか、辞任するか、弾劾されない限り、その座に留まることができます。(※かつて最高裁判事が弾劾された例はありません。) 空席ができない限り、大統領は自分の意に沿う人物を連邦最高裁に送り込むことはできませんので、判事の空席が発生した場合、保守派の大統領は保守派の判事を、リベラル派の大統領はリベラル派の判事を指名し、連邦最高裁に政治的影響力を最大限行使しようとします。こうして、連邦最高裁判事の指名・承認を巡って、保守派とリベラル派の間で激しい闘争が展開されるのです。
さて、そうした最高裁判事の中に、米国民の絶大な人気と尊敬を得て、先月18日に87歳で亡くなったルース・ベイダー・ギンズバーグ(Ruth Bader Ginsburg)判事がいました。「ギンズバーグ人形」やマグカップ、Tシャツ、絵本が販売され、ハロウィンでは氏のコスチュームを着た大人や子どもが続出し、レゴやパワーパフガールズにも取り上げられ、その人生を追ったドキュメンタリー映画は大ヒットを記録しました。
1933年生まれのギンズバーグ氏は、自ら差別(女性、母親、ユダヤ系)を受けながらも、粘り強く、真摯に道を切り拓き、そして同時に、法律家として、社会に存する差別そのものと向き合い、アメリカの社会を変えてきました。女性やマイノリティーの権利発展に尽力し、軍事学校の女性排除、男女の賃金差別、黒人差別を防止する投票法条項の撤廃等に反対しました。
ギンズバーグ氏の晩年における連邦最高裁判事9人の構成は、共和党の大統領によって指名された保守派が5人、民主党の大統領によって指名されたリベラル派が4人。1993年に民主党のクリントン大統領によって指名され、リベラル派判事の代表と目されていたギンズバーグ氏は、共和党出身のトランプ大統領が当選し、自身が引退することで連邦最高裁の保守化が進むことを強く危惧するようになったと言われています。当然、民主党もギンズバーグ氏の執務継続を望みました。
結果として、ギンズバーグ氏は、膵臓がんと診断されたのちも、入退院を繰り返しながら、死去するまで判事の座にとどまりました。先月18日に死去したギンズバーグ氏は、新しい大統領が就任するまでは、自身の後任人事が行われることのないよう、死の間際まで、強く願っていたと言われます。