今年4月、1人の鉄道写真家が急逝しました。清水薫さん、56歳。故郷である滋賀県の風景と鉄道をこよなく愛した写真家でした。滋賀県長浜市で開かれている追悼写真展には、多くの人が駆けつけ、会期の大幅延長も決まりました。「こだわりの人」「郷土愛に満ちた人」。友人や知人の証言を通じて、清水さんの足跡と人柄をしのびます。
清水さんは滋賀県草津市出身。子供のころから鉄道が好きでよく撮影に出かけたそうです。しかし、大学卒業後に就いた仕事は、意外にも鉄道関係ではありませんでした。
清水さんは著書「琵琶湖を巡る鉄道 湖西線と10路線の四季」(サンライズ出版)の「あとがき」で「鉄道車両の設計がしたかったのですが(中略)採用はほぼ皆無というのが実情でした」と当時の状況について記しています。電機メーカーに入社しましたが、1994年に退職。ここから鉄道写真家として歩み始めました。
こだわりの人
プロの鉄道写真家として雑誌に写真が掲載されるようになって数年後、清水さんに出会った人がいます。「清水さんは戦友のような存在でした」。そう語るのは鉄道フォトライターの辻良樹さん(53)=滋賀県東近江市=です。当時、辻さんは滋賀県愛知川町(現愛荘町)の観光協会のスタッフでした。大津市で開かれていた清水さんの写真展を訪ね、出会ったそうです。
「僕も滋賀県に住み、鉄道に関する著述で生計を立てようとしていたところでした。滋賀県内で鉄道の記事でプロとしてやっていこうという、同じ志を持つ人に出会えてうれしかった。年齢は清水さんが3歳上と、そう離れていません。出会ってすぐに意気投合しました」
その後、2人は同じ時期に同じ愛知川町内で鉄道の写真展を開いたり、年に数回会って情報交換したりしました。辻さんが結婚した際には、清水さんがたくさんの写真を撮ってくれたといいます。
「清水さんは表現者としてこだわりの強い人でした。ほかの人よりいい作品を手がけるという思いが強かった。ぼくの作品に対しても厳しく、刺激になりました」
辻さんは、琵琶湖の東岸を走る近江鉄道をテーマに文章や写真を発表することが多い一方、清水さんは琵琶湖西岸の湖西線に取材した作品を多く発表していきます。
2001年、清水さんは湖西線の風景写真を題材に個展を開催。その後、雑誌やカレンダー写真撮影の依頼が増え、さらに写真教室講師としても人気を集めるようになりました。
にじむ郷土愛
「来場者は清水さんの作品を食い入るように見ていました。清水さんの写真は風景を楽しめる一方で、ふるさとへの思いも込められています。郷土愛が来場者にも伝わっていたのでしょう」。2014年の写真展会場となった京都市東山区の「集酉楽(しゅうゆうらく)サカタニ」の酒谷宗男さん(71)は振り返ります。
この年から、清水さんは新たな仕事に挑戦します。カレンダーの発行です。春夏秋冬を彩る琵琶湖の風景と鉄道をとらえた作品が月ごとに楽しめるとあって、多くのファンがいました。2015年の年末には京都新聞の取材に「美しい風景と多様な列車を通して滋賀の良さを伝えたい」と清水さんは語っています。
人物写真にも
同時期から清水さんは、旅行会社が主催する鉄道車両の撮影ツアーの講師を引き受けるようになり、人気の「先生」となりました。
一方で撮影の対象は、鉄道にとどまらず「人」にも広がっていきました。2019年秋号からは季刊誌「湖国と文化」で、インタビュー写真など、人を被写体にして撮影するように。
2020年春号の「湖国と文化」では、清水さんが撮影した写真が表紙を飾っています。「湖国と文化」の三宅貴江編集長は「その場の雰囲気をつかみ、人の魅力を引き出す。鉄道写真だけでなく、ポートレート(肖像)写真でも素晴らしい写真を撮ってもらいました」と振り返ります。
実はこの「湖国と文化」では清水さんは連載を持っていました。「湖国の四季を駆ける鉄道」。2020年春号のプロフィル欄には6月に西武大津店で写真展が開催予定であると告知されています。
この季刊誌のゲラ刷りが出来上がると清水さんは珍しく妻(52)に写真を見せたそうです。「きっと自慢の作品だったんでしょう」と清水さんの妻は推測します。
季刊誌が発行されたその日、4月1日。清水さんは撮影に向かう途中の路上で倒れ、翌日帰らぬ人となりました。6月の写真展開催はかないませんでした。
長い撮影旅行に
「まさか、まさか亡くなるなんて。本当にショックでした」。滋賀鉄道模型愛好会主宰の村田三千雄さん(72)=大津市=は、訃報を聞いた驚きを口にします。鉄道愛好家として交流のあった村田さんは追悼写真展を企画。清水さん宅に残された写真の中から厳選し、明治期の駅舎や昭和の機関車が残る「長浜鉄道スクエア」での開催にこぎ着けました。
追悼写真展の会場には、滋賀県内を中心に29点の遺作が並びます。滋賀県北部の北陸線を行く「SL北びわこ号」。滋賀県西部の桜並木沿いを走る湖西線の電車。鉄道が好きでなくても、思わず「美しい」とつぶやいてしまう。そんな渾身(こんしん)の作品ばかりです。
清水さんの妻は言います。「どこか長い撮影旅行に行っているような感じです」。不在をわびるかのように、会場には撮影者・清水さんの笑顔の写真が置かれています。遺影の前のノートには「いつまでも忘れません」「写真教室に行くことができなくなり、とても残念です」といった来場者の言葉が記されています。多くの人が、清水さんとの「再会」を求めて訪れているのがよく分かります。
長浜鉄道スクエアの追悼写真展は当初8月30日までの予定でしたが、延長が決定。12月末まで開催されます。入館料が必要です。