愛しい猫が、口の中を痛がり、ごはんが食べたいけど食べられない。お口の中を見てみると、粘膜が真っ赤に腫れている。…それは、猫の歯肉口内炎の可能性が高いです。
猫の歯肉口内炎には、ステロイドという炎症を抑える薬がとてもよく効きます。しかし、薬が切れるとまたすぐに痛み出してしまう子もいます。そうなると、延々とステロイドを使わざるを得なくなってしまいますが、これは副作用の問題で、あまりおすすめ出来ません。このような場合には、出来るだけ早く臼歯を全て抜くこと(全臼歯抜歯)、そして炎症が酷い時には犬歯と切歯も合わせて全ての歯を抜いてしまうこと(全顎抜歯)が望まれます。それだけで「完治」する可能性があります。しかし、しばしば難しいケースに出会います。
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日本猫のS君は、9歳の時に、歯肉口内炎と診断されました。飼い主さんは、とても勉強熱心で、S君のお口に良いというサプリメントは片っ端から試しており、すでにほかの病院で全臼歯抜歯もしてもらっていました。しかし、あまり良くなりません。
そこで、残る犬歯も抜歯する手術をすることになったのですが、歯科用レントゲンで検査をしてみると…ほぼ全ての臼歯が、抜歯ではなく歯の見えるところ(歯冠)のみ切り取っただけの状態だったことが分かりました。歯の根っこが口の中に残っており(「残根」がある状態)、これでは歯肉口内炎は治りません。
犬歯の抜歯と、口の中に残されていた臼歯の残根を全てを除去するために、S君の再手術は長時間に及びました。残根を除去するのは、普通の抜歯よりも何倍も大変です。時間も労力もかかり、顎の骨もたくさん削らないといけないので、猫の体力も消耗します。抜歯しても口内炎が完治する確率も下がってしまいます。もちろん費用もかさみます。猫の歯肉口内炎にともなう抜歯は、「一発勝負で」一回で完璧にやってもらわなくてはいけません。
私は、このS君のような症例に何度となく出会いました。私もパーフェクトに毎回完璧に残根なく抜いているかと言われれば、小さなミスはもちろんあります。しかし、歯冠だけ切って終わりにして、それを飼い主さんに全部抜歯したと説明していたのは、大きな問題があると思うのです。
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私は毎週のように犬と猫の歯科手術を執刀させていただいています。その経験と教科書的な知識をふまえますと、猫の歯肉口内炎の治療の際は、信頼できる動物病院・獣医師との出会いが大切なように思います。以下の4点について気に留めていただくと、猫ちゃんのお口の中をベストな状態に持っていけるのではないかと感じています。
▽(1)治療方針について
かかりつけの動物病院で、延々とステロイドや抗生剤の薬だけを処方され、抜歯のお話がない時は、担当の獣医師は「歯科を得意とする」獣医師ではないのかも知れません。人間の医師と異なり、獣医師は基本は全ての科の病気を診なければなりませんが、全ての分野に精通するのは大変です。得意とする分野、不得意な分野などはあって当然です。ですから、獣医師に抜歯のお話をしてみてください。
▽(2)獣医師の経験について
猫の抜歯は、経験がないと上手に出来ません。抜歯の時は、歯の全てと、細菌感染のある歯周組織を徹底的に取り除かなければなりません。取り残しがあると、その周りに細菌が住み着いて、炎症と痛みが持続します。ですから、手術をお願いする獣医師には経験と実績を確認しましょう。
▽(3)動物病院の設備について
病院に歯科用ユニット(歯を切る、削る、磨く、などが出来る装置)と歯科用レントゲンがあるかを聞いてみましょう。このふたつがないと、上手く抜歯をすることは出来ないと思います。また、自分の猫が歯科手術をされたあとには、レントゲン画像を見せてもらい、残根がないことを確認させてもらいましょう。
▽(4)診察費・手術費について
動物病院の診療費、手術費には決まりがありません。その病院その病院で自由に決めて良いことになっています。びっくりするような高い手術代金を提示される場合には、他の病院もあたってみましょう。ただ、行ったことのない動物病院に、いきなり「猫の全抜歯はいくらですか?』と電話をして聞いても、明確な回答は得られません。診察してもらい、担当の獣医師とじっくり話し合いをしてから金額提示してもらいましょう。
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なお、歯が無くなったあとの生活についてよく質問をいただきます。
そもそも、猫の歯ははさみのような形状になっており、ネズミなどの小動物を捕まえる際に首根っこをとらえたり、皮や肉を引きちぎって食べるためにあります。食べ物を細かくする機能はあまりなく、キャットフードを食べるような日常生活では困ることはありません。
痛みの発生源である歯が無くなれば、ストレスフリーでモリモリとフードを食べて、体重が増える子がほとんどです。世の中のお口の痛い猫ちゃんが、一匹でも多く楽になれますように…。