私たちがタクシーに乗ったとき、ドライバーと言葉を交わしても業界用語が飛び出してくることはほとんどない。だが、ドライバー仲間の会話だと、業界用語だらけ。誰がどこでいい始めて定着したのか分からない、興味深い言葉がたくさんある。元タクシードライバーのTさんに聞いた。
1車2人制では相番に引き継ぐ前の清掃は念入りに
タクシー会社では2人1組のドライバーで勤務シフトを組んで、1台の車を2人でシェアして運行する。
「この体制を『1車2人制』といいます。1人が日勤でもう1人が夜勤、あるいは1日おきの日勤どうしで組ませるとか、組み合わせのパターンは会社によってさまざま。そして、自分と対になるドライバーのことを『相番(あいばん)』とか『裏番(うらばん)』といいます」
日勤を終えて会社に戻ってきた車は、引き続いて夜勤のドライバーが運行する。そのためドライバーは、自分が乗務した車をきれいに清掃して相番のドライバーへ申し送るのだ。
「決まった車が割り当てられることもあって、それを『当番車』といいます」
当番車には相番のドライバーがおらず、自分専用の車になる。
川を越えたら“まんしゅう”だった!?
「川を越える」とは、県境を越えることを意味する。川がおおむね県境になっていることが多いからだ。また川を越える客は、たいてい「ロング」になる。ロングとは長距離のことで、県境をまたぐ客はだいたい長距離を乗ってくれる「おいしい客」だ。
そうなると運賃も5ケタ、すなわち1万円超になることが多い。「万の収益」で「万収(まんしゅう)」というわけだ。
「さらに『ゴールデンタイム』というのがあるんです」
それは午後10時~午前5時までの深夜帯のことで、運賃が2割増しになる。
「この時間帯に川を越えてくれたら、ドライバーとしてはかなり嬉しいです」
空車なのに乗せてくれないのは「乗禁地区」だから
タクシーの営業方法で私たちがよく目にするのは「流し」といって、街を流しながら客を探す方法。客は「空車」をみつけて手をあげたら、目の前に来て止まってくれる。車を流すから「流し」とか「流し営業」と呼ばれる。
手をあげているのが一見してイヤな感じだったり、怖そうな人だったら見えなかったことにできるのだろうか。
「お客さんは選べません。乗せないといけないんです」
「旅客自動車運送事業運輸規則」や「道路運送法」という法律によって、乗車したい意思を示している人を、正当な理由なく拒むことができないのだ。ところが、空車なのに「ここではお乗せできません」と断られることがある。
「それは『乗禁地区』だった場合ですね」
乗禁地区で客を乗せると違法行為となり、会社とドライバーの両者にペナルティが課せられてしまうからだ。たとえば駅とか空港にタクシー乗り場があると、周辺の一定区域が乗禁地区に指定されていることがある。
「流しで乗せられないので、乗り場でお待ちいただくようにいいます」
ただし無線で呼ばれた場合は、流しの客ではないので乗せてもかまわないらしい。
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最後に余談ながら、タクシーの「大日本帝国」をご存じだろうか。
タクシー大手の4社をまとめた俗称のこと。「大和自動車」の「大」、「日本交通」の「日本」、「帝都自動車」の「帝」、「国際自動車」の「国」をとって「大日本帝国」というわけだ。