自衛隊に入隊したばかりの新入隊員が最初にとまどうことのひとつに、外の世界では聞いたことのない自衛隊用語がある。旧軍から引き継がれたり、自衛隊で新たに生まれたりした用語の数々を、筆者がかつて勤務した陸上自衛隊を例にとって、秘密事項に触れない程度にご紹介しよう。
「洗濯物はブッカンバに干せ」「タバコはエンカンのある場所で吸え」って何のこと?
自衛隊では、身の回りのことはすべて自分でやらないといけない。洗濯も然り。入隊初日のオリエンテーションで、入隊式までは優しい班長が駐屯地内を案内しながら「洗濯物は屋上のブッカンバに干せ」と教えてくれる。だが聞いている新入隊員たちは、そもそも「ブッカンバ」が何なのかが分からない。
漢字で書くと「物干場」。これを「ものほしば」と読まず、なぜか「ブッカンバ」と読ませる。筆者が新隊員時代に、先輩から「『ものほしば』は『物干し場』と書く。『し』がつかない『物干場』は『ブッカンバ』だ」と聞いたことがある。本当かどうかは定かでない。
新入隊員の中には20歳を過ぎていて、タバコを嗜む者もいる。自衛隊でも、決められた場所でタバコを吸うことができる。
「タバコは必ずエンカンのある場所で吸え」
班長の口から、またまた聞きなれない言葉が飛び出した。自衛隊は火災予防のため、火気の使用にはたいへん神経質で、とりわけタバコには気を遣う。
「エンカン」は「煙缶」と書く。字面からなんとなく想像できると思うが「灰皿」のことだ。なぜ素直に「灰皿」と呼ばないか? たしかに一般的な灰皿もあるが、よく使われるのは空き缶を再利用して取手をつけ全体を赤く塗った、まさに「缶」だからだろうと思う。大きいものは「吸い殻収集缶」とも呼ぶ。
演習場でも、あたりは野原だからどこで吸ってもよいわけではなくて、必ず煙缶をもっていき、その周囲でしか吸ってはいけないのだ。
ちなみに演習場のことを「山(やま)」とも呼ぶ。本当に山の中の演習場もあれば、だだっ広い平地の演習場もある。そんな地形とは関係なく、「山へ行く」は「演習場へ行く」という意味だ。
新入隊員が班長の目をごまかそうとして小銃を天ぷらに!?
自衛隊に入ったら必ず小銃の扱い方を習う。訓練で使った後の整備も、もちろん自分でやる。ところが慣れないうちは、なかなか隅々まで手入れが行き届かない。新隊員教育隊だと、武器庫に格納する前に必ず班長がチェックして、OKをもらわないと何度でもやり直しである。
「ここにまだ汚れが残っている。やり直し!」
自分ではきれいに仕上げたつもりでも、班長の目は厳しい。早く休憩したい新入隊員は、ここで一計を案じる。
全体を油でコーティングすれば、汚れが目立たないはず。しかも光が反射して、ピカピカに磨いたように見えるはずだ。
銃全体に潤滑油をたっぷり塗って「ほら、ピカピカでしょう」とドヤ顔で班長に見せると、
「なんだ、これは。天ぷらじゃないか。やり直せ!」と、カミナリが落ちて、ついでに休憩時間もなくなる。銃を油まみれにするから天ぷらというわけだ。入隊したての新入隊員が考えそうな悪知恵は、かつて班長も通ってきた道だから必ずバレる。
カンピンの、もうひとつの意味
国から支給または貸与されるものを「官品(かんぴん)」という。制服、戦闘服、作業服、短靴、半長靴、装具類など個人で管理するもののほか、銃や車輛、通信機はもちろん、ベッドや毛布、掃除道具など部隊で管理するものに至るまで、個人の私物でないものはすべて官品だ。
一方で、人間の官品もある。
駐屯地内にあるコンビニとか売店に、若い娘さんが新人で入ってきた。
「このまえ売店に入った新人さん、かわいいな」なんて喜んでいると、「あれは官品やで」と返されることも。
どういうことかというと、「自衛官の娘だよ」という意味だ。良い意味か悪い意味かは知らないが、自衛官の娘・息子のことを官品と呼ぶ。ただし、人間をモノ扱いしているわけでなく、あくまで業界内の隠語である。
自衛官と自衛隊員、どう違う?
これは、よく混同される。
「自衛官」とは、制服を着用し階級を指定されている、いわゆる制服組のこと。武器を扱えるのは自衛官である。
「自衛隊員」は、制服組以外の背広組を含む防衛省に所属する職員全体を指す。事務官、技官のほか、防衛大学校や防衛医科大学校の学生、高等工科学校の生徒、そして自衛官もひっくるめて自衛隊員だ。
テレビのニュースや新聞・雑誌などで、自衛官のつもりで「自衛隊員」と表現されることがよくあるけれど、あれは間違ってはいないが正しくもないといえる。
ちなみに即応予備自衛官、予備自衛官、予備自衛官補は「非常勤」の防衛省職員とされている。