西日本では「散髪屋」、東日本では「床屋」、法律用語では「理容所」。ほかにも理容院、理容室、メンズサロンなど、ひとつの業種でいくつもの呼び名がある。関西人の筆者は散髪屋と呼ぶ業界で飛び交う言葉について、理容師のY君に聞いた。
数字の「1」「2」「3」は「シャー」「ノン」「ミミ」
最初にY君に聞きたかったのは「散髪屋」と「床屋」はどう違うのか? ということ。
「同じです。『散髪屋』近畿以西で、『床屋』は北陸・東海以東の方言だと認識しています。例外はあるかもしれませんが」
ちなみに理容師法には「理容所」と書いてある。
なるほど。では業界の用語にも東西の違いはあるのだろうか。
「細かく分けたら店ごとのわずかな違いがあるんですが、大きく分ければ東西での違いはあるみたいです。たとえば数字の表し方です」
と教えてくれたのは、0~9までの数字だ。
「0」「1」「2」「3」「4」「5」「6」「7」「8」「9」
これが関西だと次のようになるそうだ。
「ボウズ」「シャー」「ノン」「ミミ」「ヌケ」「テラ」「ハナ」「カギ」「ヒョコ」「ノシ」
そして関東ではこのようになる。
「トビ」「ヘイ」「ビキ」「ヤマ」「ササキ」「カタ」「サナダ」「タヌマ」「ヤワタ」「キワ」
…なんでそうなるのか語源を推測できそうなのは、ともに「0」を表す「ボウズ」と「トビ」ぐらい。「ボウズ」は「何もない」、「トビ」は「跳び」からきているのだろう。もっとも若い理容師は、このような表現はしだいに使わなくなっているらしい。
トイレは「ひまわり」、大小は「ぼたん」「ゆり」で表現
接客業によくあるのが、トイレに関係する隠語。もちろん散髪屋さんにもある。
「トイレに行ってきます」は「ひまわり入ります」という。そして大のほうを「ぼたん」、小のほうを「ゆり」という。
トイレに行くとき、
「ひまわり入りまーす」
と周りのスタッフに声をかけ、しばらくして戻ったら、
「長かったね、ぼたん?」
「そう、ぼたん(笑)」
こんな感じで使われるらしい。
「数字でいい表す場合もあります。1番⇒床そうじ、2番⇒トイレ、3番⇒食事休憩という感じで、ここまで細かくなるとお店独自の隠語もあります」
洗髪中…簡単に聞こえる一言に、深い意味
調髪の最後にシャンプーで髪を洗ってくれる。さすがにプロの洗髪は気持ちがいい。そして必ずこう聞かれる。
「痒いところありませんか?」
これにも、ちゃんと意味があるという。
「だいたい3つぐらいの意味を含んでいます。ひとつは単純に、お客さんとのコミュニケーションです」
痒い箇所の有無を知ろうという意図よりも、とりあえず言葉を交わそうとして儀礼的にいってるだけ。
「一種の挨拶みたいなものですけど、本当に痒いところがあったら遠慮なくおっしゃってくださって結構です」
ふたつめの理由は、集中的に洗ってほしい箇所はありませんかという意味。お客さんが物足りなさを感じていないかを確認するためだという。
「3つめがとくに大事で、シャンプーが肌に合っているかどうかを確かめるためです」
お客さんは自分が普段使っているシャンプーを持参して「これで洗ってね」とオーダーすることはない。店にあるシャンプーを使うのだが、成分がお客さんの頭皮に合っていなかったり湿疹や傷があったりして、刺激を感じていないかを確かめる意味もある。もし刺激を感じていたら、ただちに洗髪を中止してシャンプーを洗い流すことはいうまでもない。
「そういった意味合いを『痒いところありませんか?』の一言に込めているわけです」
簡単に聞こえる一言に、そんなに深い意味があったとは。
ちなみに、店によっては「もうすぐシャンプーが終わりますよ」という意味でいう場合もあるらしい。