コロナ禍で無収入になった映画監督がYouTubeで短編を発表 「自分と誰かを救いたい」

黒川 裕生 黒川 裕生

2019年に初めて手掛けた長編自主制作映画が話題になり、舞台挨拶などで各地の劇場を回りながら充実した日々を送っていた神戸の男性の身にも、新型コロナウイルスの影響は容赦なく及んだ。劇場公開は中断され、制作や宣伝で2000万円近い借金を背負いながらも、映像制作の仕事はゼロに。家からも出られず、一時は「生きているだけで申し訳ない」と思い詰めるほど落ち込んだ。だが5月、「自分のように仕事や希望を失い、不安を感じている人に届く物語を」と奮起し、リモートで一気呵成に短編映画を制作。YouTubeで無料公開を始めた。まだ明日は見えない。それでも立ち上がる。ギャラなどの制作費は、国の持続化給付金と10万円の特別定額給付金が頼りだ!よろしくお願いします!!!

コロナ禍で全てが無に

全編神戸ロケの低予算B級ホラー映画「みぽりん」で“局地的”に熱い注目を集めた松本大樹監督。スタッフやキャストが連日繰り広げる街頭でのビラ配りや舞台挨拶、果ては神戸港での船上パーティーなどで常に話題を振りまき、地元の元町映画館を皮切りに各地の劇場で上映された。

年が明けても上映は劇場を変えて続いていたが、4月4日に初日を迎えた名古屋のシネマスコーレが、緊急事態宣言を受けて同13日から休館。映画館の休館は全国で相次ぎ、以降、予定されていた静岡や横浜などでの上映も宙に浮いた状態になっている。

「僕の人生はもう終わっている」

「『みぽりん』の制作費は300万円ほどですが、ビラやパンフレットを大量に作ったり、東京で上映するときはマンスリーマンションを借りてキャストの皆さんと宣伝活動に明け暮れたりと、とにかく馬鹿みたいにお金と時間を投入してきました。その結果、借金は2000万円近くまで膨れ上がり、『さすがにやばいぞ』と思って3月は本業の映像制作をめちゃくちゃ頑張ったんですよ」

会議アプリ「Zoom」でインタビューに応じた松本監督はそう振り返る。

ところが、ここでコロナ禍が直撃。「ネジを締め直してまともな人生に戻ろうとしたら、仕事がなくなってネジがもう1本外れてしまいました」と自身の境遇を笑い飛ばして見せるが、4月はどうしようもなく憂鬱で、精神的にかなり追い詰められていたという。

「お金や仕事がないのは実は意外と大丈夫なんですよ。『みぽりん』を作った時点で先が見えなくなり、『人生終わったな』と諦めているので」

「しんどかったのは『何もできない、何も生み出していない』という情けなさや自責の念。普段、何気なくやっていた仕事にどれだけ支えられていたのかを痛感しました」

「みぽりん」チームで“救済の物語”

スタッフやキャストが一度も会わずに制作した「はるかのとびら」には、「みぽりん」の主要キャスト6人が再結集。緊急事態宣言下、不安で眠れない日々を過ごしている津田晴香さんを心配した事務所の先輩たちが、ビデオ通話で励まそうとする28分の短編だ。

デタラメな展開でカルト的な人気を博した「みぽりん」から一転、腰が抜けるほど素直に“いい話”。とはいえ最後にはちょっと意表を突く仕掛けが施されているため、観賞後は不思議な余韻を味わうことができる。…かもしれない。できないかもしれない。

津田さんのキャラクター設定には、苦しかった時期の自分の心境をそのまま投影。映画「(500)日のサマー」の画面分割演出をヒントにラストシーンを思いつき、そこから逆算して「自分を救済する」ための物語を一息に書き上げたという。

制作を決めてからわずか5日で完パケ、配信まで漕ぎ着けるという力技を決め、「どうにかこうにか、また一歩を踏み出そうという気持ちになりました」と笑顔を見せる。主題歌は「みぽりん」でも組んだ片山大輔さんが担当。疲れた人の心を包み込むようなピアノの弾き語りで、エンディングを優しく彩っている。

映画では稼げない…それでも映画を作る!

そもそもリモートで制作したのは、緊急事態宣言によって外でロケができないことも理由のひとつという。松本監督は「慣れないことなのでもちろん難しさもありましたが、今までにないスピードで制作できるとわかったのは大きな収穫です」と手応えを語る。

「これから日常を取り戻すまでには、大変な時間がかかるでしょう。そんな状況でも、アイデア次第で何かできることがあるという可能性を感じました」

ところで非常時とはいえ、せっかく作ったのに収益化は目指さないのだろうか。そんな野暮な質問をしてみたところ、松本監督は「それは全く考えていません」と即答。「『みぽりん』でよくわかりましたが、映画でお金を稼ぐのは無理です(笑)。あれだけ宣伝に奔走して、いろんな劇場で上映していただいたのに、興行収入はまだ制作費にすら届いていません」

それでも「はるかのとびら」を作ったことで松本監督は「救われた」という。「これを見て、僕のように誰か1人でも前向きな気持ちになってくれれば」と話している。

■「はるかのとびら」 https://youtu.be/Cr6ZFHos3ck

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