記録的な暖冬となった今年の日本。「異常気象」という言葉を聞くことも珍しくなくなり、夏から秋にかけては毎年のように水害が起きています。岡山、広島、愛媛など西日本各地が豪雨災害に見舞われたのは2018年7月のこと(通称「西日本豪雨」。気象庁は「平成30年7月豪雨」と命名)。河川の氾濫やがけ崩れが多発し、広域にわたって甚大な被害をもたらしました。
大溝奈緒さんも岡山・真備町で被災した一人です。
「うちの辺りは水が来たのが遅かったんです。早めに避難している方もいましたけど、朝になって避難所と家を行き来していましたし、2階の窓から見える範囲に水が迫ってきても、大丈夫だろうと思っていました」(大溝さん)
ところが、しばらくして床上浸水すると、それからはあっという間に1階部分が浸かってしまいます。奈緒さんとご両親、そして愛犬のろくた君は深夜に2階から自衛隊のボートで救出されました。そして一時、孤立状態にあった真備記念病院で一夜を明かし、翌日、倉敷東小学校に身を寄せたと言います。
ここで問題になるのがペットのことです。「同行避難」(ペットと一緒に避難すること)はできても「同伴避難」(避難所でペットと一緒に過ごすこと)はできない避難所も多く、大溝さんも体育館に犬は入れないと言われました。
「外の柱につないで人間は中へと言われたけれど、ろくたは怖がりで知らない人が苦手だし、人が多いところもダメ。だから敷物を借りて、私とろくたは外にいたんです」(大溝さん)
ろくた君の怖がりは、元野犬ということが影響しているかもしれません。生後3か月くらいのとき、捕獲器に入ったところを倉敷保健所に保護されました。場所は倉敷市児島下野町6丁目。だから「ろくた」と名付けられたのです。当時、大溝さんは倉敷市役所に勤めていて、職員向けに届いた保護犬譲渡の案内を見て足を運びました。
「どの子がいいとか全然決めていなかったんですけど、案内してくれた職員の方が、ろくたのところへスーッと連れて行ってくれたんです。まったく愛想はなかったけど、『うちに来る?』と聞いたら『うん』と言った気がして(笑)」
こうして、ろくた君は大溝家に引き取られました。2016年3月のことです。以来、2年以上、家族として暮らしてきた愛犬を、外でひとりぼっちになどできるはずがありません。大溝さんは「ペットと一緒に入れる避難所がある」という情報を得て、移ることも考えましたが、数時間後、校長先生の判断により、校舎内の廊下に限り犬と一緒にいていいことになりました。
「そこで1週間くらい、ろくたと寝泊まりしました。私にとってはろくたが精神的な支えでしたね。でも、普段あまり人に吠えないのに、そのときは神経がたかぶっていたのか、自分のスペースを守ろうとしたのか、近づいて来る人に唸っていました。水もあまり飲まないし、ごはんも、保健所のボランティアさんがすぐにフードを持ってきてくれたのですが、ほとんど食べなくて。私が食べているものなら少し食べたので、おにぎりをあげたりしていました」(大溝さん)
避難所生活はペットにとっても過酷なのです。しかも、とても暑い夏。大溝さんは家の片づけを始めなければならなくなり、ろくた君にも疲労の色が見えたため、ボランティアさんに預かってもらうことにしました。
「最初のお宅に1か月半。その後は動物病院に1か月いさせてもらいました。もともと1週間後に足の手術を控えていたときに被災したんです。ボランティアさんの家に会いに行くと状態が悪そうだったので、大変なときではありましたけど手術に踏み切りました。そうしたら、先生が『手術して1か月くらいは走らないほうがいいから、その間うちで預かりましょう』と。ろくたがご縁の方々が家の片づけを手伝ってくださったり、本当によくしていただきました」(大溝さん)
退院後は岡山市内のボランティアさんに預かってもらい、結局4か月も離れ離れの生活が続きました。ペット可の住居がなかなか見つからなかったからです。建設型の仮設住宅が実はペットOKだったのですが、要綱にその記載はなく、大溝さんは申し込みを見送っていました。一般の集合住宅を探しましたが、ペット可の物件でも「小型犬」という条件がついていたり…。
「心が折れかけましたね。いつになったら、ろくたと一緒に暮らせるんだろうって。会いに行くと、すごく喜んでくれたんです。普段はあまりしっぽを振ったりしないし、感情を表に出さないのに、そのときは喜びを大爆発させてくれたので、逆につらかったですね。会いに行かないほうがいいのかとも思ったけど、こちらが我慢できなくて」(大溝さん)
11月にようやく一緒に住めるアパートが見つかり、ろくた君を迎えに行くことができました。ご両親は家の1階をリフォームして真備町に戻りましたが、奈緒さんは別の場所に暮らしています。「空き地が増えたり、変わってしまった町を見るとさみしいから」(大溝さん)です。でも、ろくた君といれば被災したつらさも忘れることができます。
「いてくれないと困りますね。ろくたが私を頼りにする以上に、私がろくたを頼りにしています」(大溝さん)
ペットは家族。つらいとき、悲しいとき、そばにいて支えてくれる存在なのです。