六角精児57歳、「相棒」降板後の気ままな人生 好きでもないことをやっている暇はない

黒川 裕生 黒川 裕生

俳優の六角精児が近年、本業と並行して力を入れているのが「六角精児バンド」としての音楽活動だ。1996年に結成したいわゆる“おやじバンド”で、六角はボーカルとギターを担当。2019年12月に発表した2枚目のアルバム「そのまま生きる」でも、フォークやブルースの影響が色濃くにじむ珠玉の11曲で、渋い歌声を響かせている。

ドラマ「相棒」の鑑識・米沢守役で人気を博した六角。一方で、ギャンブル依存や多額の借金、度重なる離婚歴などから垣間見えるある種の“どうしようもなさ”、さらにはBSで冠番組を持つほどの鉄道ファンであることでもお馴染みだ。音楽にも造詣が深く、番組の企画で大手CD店にセレクトコーナーを作ったこともある。

余興のつもりがCDデビュー

バンドは当初、六角が所属する劇団のほんの余興のつもりだった。

「地方公演の余興なので、基本的に活動は年に2回くらい。何ひとつ上達しないままダラダラ続けてきました。それが少しずつライブハウスなどで演奏するようになり、オリジナル曲も増えてきた。それで記念として2014年に初CD 『石ころ人生』を作りました」

新作「そのまま生きる」には、ブルースバンド「憂歌団」の名ギタリスト内田勘太郎も参加。内田がBS番組「六角精児の呑み鉄本線・日本旅」のファンだったのが縁で付き合いが始まり、「レコーディングやるなら何でも弾くよ」と快く3曲を演奏してくれたのだという。

「勘太郎さんとのレコーディングは大体1時間くらい。一発で録っていただいて、あとはスタジオの裏の飲み屋で4時間飲んでました。レコーディングより飲みの時間の方が長いけど、まあ大体そんなもんです(笑)」

完成した11曲は、六角曰く「フォーク・ブルースに乗せた酒と鉄道と旅」。不健康な中高年男性の悲哀とユーモアを、アコースティックなバンドサウンドに乗せて、六角があの少しくぐもった低い声でしみじみと歌い上げている。

「バンドで野外フェスも出たい。北海道でやっているライジング・サン・ロック・フェスティバル、いいですねえ!あと福島県の奥会津でやっているフェスも素敵。こうしてあちこちで言っていたら、いつか本当にオファー来ないですかね」

「相棒」で変わった人生

40歳を前に「相棒」に出演するようになってから、人生が劇的に変わった六角。「相棒」降板から約4年が過ぎたが、今も充実した日々を送っているという。

「『相棒』の鑑識役をやっている間、たくさんの人に見ていただき、他の仕事も増え、いろいろな意味で本当に楽になりました。あの番組には感謝でいっぱいです」

「しかし気づいたら同じ役を16年、しかも撮影に半年以上もかかる。そろそろ他の役や物事にも挑戦したいと思うようになって降板させていただきました。本格的にバンド活動ができるようになったのは、『相棒』をやめてからですね。ライフワークのようになっている『呑み鉄本線』も、その辺からです」

「今57歳で、俳優には定年がないとはいえ、ちゃんと働けるのはあと10年くらいだと思うんですよ。好きでもない人に会ったりするのは、もう時間の無駄。これからは気に入った人とだけ付き合っていきたい。音楽は本当に好きで、自分が楽しんでやらせてもらっているので、ツアーの宿泊先が1泊5000円のラブホテルでも最高に幸せなんです」

レコ発ツアーの日程は

2月20日=神戸メリケンパークオリエンタルホテル14階「VIEW BAR」

21日=神戸チキンジョージ

22日=松山「風来坊」

24日=福岡リブラボ

■六角精児バンドTwitter https://twitter.com/rokkaku_band

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