1足す1が2にならない在宅医療のリアル 映画「人生をしまう時間」が問い掛けるもの

黒川 裕生 黒川 裕生

超高齢化が進んだ日本は今、人口が減少していく「多死社会」の時代に突入している。

多くの人が望みながら、ほとんど叶えられないのが、自宅での穏やかな死だ。在宅の終末期医療の現場を通じて、「自宅で死ぬ」ということを改めて見つめるドキュメンタリー映画「人生をしまう時間(とき)」が10月5日から、大阪の第七藝術劇場などで公開される。200日以上にわたって在宅医療チームに密着した、NHKエンタープライズのエグゼクティブ・プロデューサーで本作の監督、下村幸子さんに話を聞いた。

厚生労働省の2017年度版「人生の最終段階における医療に関する意識調査」によると、「人生の最期をどこで迎えたいか」という問いには約7割が「自宅」と回答。一方で、近年の人口動態調査は、死亡場所の実に8割近くが医療機関であり、「自宅死」は1割強にとどまっているという現実を示す。「人生をしまう時間」は、かつて東大病院の名外科医として鳴らし、定年後の現在は埼玉県新座市の堀ノ内病院で在宅医療に取り組む小堀鷗一郎医師と患者、そしてその家族の姿を描くことで、「理想の最期」を模索した命の記録だ。NHKのBS1で放映された「在宅死 “死に際の医療”200日の記録」を再編集し、110分の映画に仕上げている。

   ◇   ◇   ◇

―まずは制作の経緯から教えてください。

「以前、私が作った研修医のドキュメンタリー番組を見てくれていた先輩プロデューサーから『面白い先生がいるよ』と小堀先生の存在を教えてもらったのが最初です。小堀先生は元々、年間1000件の手術をこなすエリート外科医として命を救っていたのに、今は反対に『いかにうまく命を全うさせるか』という“死に際”の医療に携わっている。しかも年齢は80歳で、趣味はマラソンで、病院の自分の部屋は屋根裏にあって、そしてあの森鷗外の孫だと。すぐにアポを取って会いに行きました」

「その日のうちに往診について行かせてもらうことになったんですが、先生が回る先は、一見すごく閑静なお宅なのにドアを開けるとゴミ屋敷だったり、障害のあるお子さんが年老いたお父さんの面倒を見ていたりと、複雑な問題を抱えた現場ばかり。これは絶対に伝えたいと思い、すぐ企画書を出しました」

―きっかけは『面白い先生がいる』だったけど、実際に現場を見て撮りたいと思ったのですね。

「そうです。先生の向こうに、私の知らない医療現場のリアルが広がっていた。この先生の背中を借りて、在宅医療の現実を見つめていきたいと思いました」

「NHKの番組って企画会議などで結構メッセージ性を問われるんですよ。私は今回、そういうことは決めないで、この現場には何かがきっとあるから、そこから汲み取ってもらいたいと思いました。編集長から『愚直に追いかけろ』『失敗してもいいからやれ』と言われ、走り始めました」

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