銭湯を利用する人たちの間で、長きにわたり議論になってきたテーマがある。「浴槽に入る前のかけ湯はどこまでやるべきか」。人によって解釈がまちまちなだけに、時にトラブルの火種にもなってきた問題だ。そうした「かけ湯論争」に終止符を打つべく、ついに京都の若い銭湯経営者が動いた。利用者にアンケートを行い、ルールを統一したのだ。その結論とは-。
かけ湯ルールの統一に踏み切ったのは「サウナの梅湯」(京都市下京区)の店主、湊雄祐さん(29)。京都、滋賀で梅湯を含めて四つの銭湯を経営し、「湊三次郎」の名前で銭湯をテーマにしたブログやツイッターもつづいっている。
きっかけは、インターネット上に設けている梅湯の質問箱への投稿だった。投稿主は、卒業旅行で風呂に入った際、体に湯をかけてから浴槽に漬かろうとすると、同級生の一人から「体を洗わずに漬かるとは常識のかけらもない」と厳しい言葉をかけられたという。銭湯に慣れ親しんでいると自負する投稿主にとっては心外だったらしく、梅湯のかけ湯に対する考えを質問してきた。
「かけ湯の解釈をめぐる利用者のクレームは以前から多く、どうにかしなくてはいけないと思っていました。投稿があったのを機に、ルールを定めようと思いました」と湊さん。利用者の意見を参考にするため、梅湯でアンケートを行うことにした。
アンケート用紙は8月上旬の4日間、利用者全員に配布した。かけ湯のレベルを(1)浴槽の湯を使い、おけ数杯のかけ湯で流す(2)シャワーやカランの湯で手だけで体を洗い流す(3)ボディーソープや石けんを使い、手だけで洗い流す(4)ボディーソープや石けんを使い、タオルやあかすりでこすって洗い流す-の4段階に分け、回答者自身はどれを行っているか、ほかの利用者にはどのレベルを望むかを尋ねた。629人が回答した。
回答結果の傾向は性別で分かれた。自身がしているかけ湯では、女性の47%が(4)と答え、(3)が30%で続いた。男性も(4)が33%で最も多かったが、(1)(2)(3)もそれぞれ27~21%を占めるなど、ばらつきが大きかった。
一方、他人に求めるかけ湯は、自分に比べて寛容な傾向が見られた。女性の場合は(3)が31%と最多、続いて(2)が29%で、(4)は22%だった。男性は(1)が32%、(2)が29%、(3)が26%という順で、(4)は14%しかなかった。
湊さんは、アンケート結果を前に思案した。(4)にすれば完璧で文句をいわれにくいが、もう少し緩やかなルールの方が良いのではないか。とはいえ、(1)では体の汚れがひどい時に洗い落としにくい。悩んだあげく、石けん類を使えば汚れがある程度落ちるという判断から(3)ボディーソープや石けんを使い、手のみで洗い流す-を統一ルールに決定。利用客に心掛けてもらえるよう、8月20日からルールの内容を銭湯の入り口や浴場の壁に張り出し、脱衣場でビラも配った。
利用者の一部から反発もあった。特に湯で体を洗い流すだけで済ませていた常連客の中には食ってかかる人もいたという。だが、湊さんは「うちとして決めたことなので」と譲らなかった。
「ツイッターでルールを公開したら、『いいことだ』と評価する声が多かった。新規の利用者も増える中、トラブルを防ぐためにルールは必要だった」。湊さんの表情に後悔の色は見えない。一方で「あくまで梅湯の考え。銭湯によってルールは違うかもしれない」とも強調する。
老いも若きも、地元の人もよそ者も、そろって同じ浴槽を共有する銭湯は、社会の縮図と言えなくもない。自分が良ければ、ではなく、ほかの人が不快にならないよう行動するのが、無用のトラブルを避ける知恵と言えそうだ。さて、あなたはかけ湯をどこまでやりますか?