お惣菜の値下げシールが貼られる時間を見計らってスーパーを訪れる客は多いはず。お得な気分で買い物を楽しめる反面、シールにはある種の錯覚に陥れる魔力が秘められている。とある店舗の惣菜部門でアルバイトをしていた経験から、値引きシールが貼られる基準と、値引き品を買う場合の注意点をご紹介したい。
◇ ◇
仮称「港が見えるスーパー」の惣菜売り場。陽が西に傾いてきた頃、値下げシールを携えた店員が、バックヤードから出てくる。売り場にはすでに、常連のおばちゃんが待ち構えている。これから商品の「見切り」が始まるからだ。
売れ行きの芳しくない商品を指して「売り場から動かない」と表現する。店内で調理加工している惣菜の多くは、消費期限が時間単位で設けられている。動かない商品を売り場に出したままにしていると消費期限が迫ってくるから、動きを促すために値段を下げるのだ。ひとまず20円引きのシールを貼って様子を見る。
「なあ、兄ちゃん、半額にならへんの?」
おばちゃんが店員に声をかける。
「さっきから待ってんねん」
待たれてもなぁ……と店員は困り顔。買うつもりなら、いま買ってくれよ。喉まで出かかった言葉を飲み込んで、笑顔で返す。
「いきなり半額はキツイですわ」
常連さんなので、言葉遣いは気安い。
「いつ半額になるの?」
「いつもとおんなじですわ。閉店前、夜11時頃です」
このおばちゃん、まさかそんな時間まで粘るつもりではあるまい。
じつは値下げシールは店員の気まぐれで貼るわけではなく、店ごとに一定の基準がある。
コンセプトがそもそも「その日の食事に出るおかず」なので、どの商品も消費期限がせいぜい1~2日ていどと短い。商品ごとに「加工後○○時間」という消費期限を設定してある。バックヤードで調理した商品はその日に売り切ることが基本だから、期限が近付くにつれて20円引き・30円引きというシールを貼ったり、値下げした値札に張り替えたりする。時間の経過とともに値下げ率が大きくなり、閉店間際には半額まで下げて、それでも売れ残ったら廃棄するしかない。
値下げするのはロス(売れ残った商品を廃棄)を出さないための工夫だが、一方で、お客さんをある種の錯覚に陥れる魔力も含んでいる。
人は不思議なもので、値下げされている商品を買うと、なんだか得をしたような気分になるらしい。そのせいか「お金が浮いた分で、ついでにこれも」と、とくに今すぐ必要のないものにも手を出してしまう。前述のように、惣菜は「その日のおかず」だから、基本的に日持ちしない。得をした気分で多めに買ったものの、食べきれずに捨ててしまったという苦い経験は誰にでもあるだろう。安さだけに目を奪われていると、結果的に損をするのだ。