湯灌(ゆかん)を行う際、ご遺族に用意をお願いするものがあります。それは故人に着せるものです。
着せるものとして最も多いのは、葬儀社が用意している白装束。次いで、壁のハンガーにかかっていた服です。急死の場合、故人のお気に入りを着せたいと思っても、どれが良いのかわからず、とりあえず目についた服となるようです。そして、80歳代でお亡くなりになった方に多いのが着物。若い時に着用されていた服を着せたいというケースもありますが、ご本人の体形が変わっていて袖も通らない、ということがよくあります。
ともあれ、どのような服をえらぼうとも、着せるものには、故人を偲ぶ家族の愛情や感謝の気持ちが表れます。
これは、80歳代のおばあさんの湯灌をしてさしあげた時の話です。湯灌を始める前に遺族からうかがった話では、おばあさんはお元気なころ、オシャレをして出かけるのが好きな方だったようです。しかし、入院が長かったせいで、痩せて頬がこけてしまっていました。ご家族は「かわいそうだから」といって、明るい服を用意してくださいました。
湯灌の儀式や入浴が終わり、化粧を施しお顔を整えるため、どの化粧品を使おうかと考えていました。いつもなら、こけた頬をふっくら見せるため、優しく綿花を頬につめ、自然な顔色になるようベージュを選ぶのですが、この時は違いました。
私が無意識に選んだのは、オークルという濃い肌色のファンデーションと、ピンクの口紅。我ながら、どうしてコレを選んだのか不思議でしたが、別の化粧品に変えようとは思いませんでした。手が自然とおばあさんの顔を化粧していくという感じでした。
薄くファンデーションを塗布し、くっきりと口紅を塗ってから眉毛を整えました。すると、一連の湯灌作業を見ていた遺族が、おばあさんの顔をのぞいて涙をぽろぽろ流しているのです。そしてもう一人の遺族が、おばあさんが元気だった頃の写真を持ってきて、わたしに見せながら「きれいにしてくれた顔が、若い頃の顔と一緒だったから驚きました」と言いながら笑顔で泣いていました。
写真に写っていたおばあさんは、健康そうな焼けた肌にピンクの口紅を塗り、楽しそうに笑っていたのです。
なぜ、私は濃い肌色のファンデーションを選んだのか。もしかしたら、亡くなったおばあさんからの「みんなありがとうね」というメッセージだったのかもしれないと思っています。湯灌での不思議な体験は、人が生きていた時の気持ちが現象として現れているのだと思います。
人は、様々な問題にぶつかると、他人を羨んだり、他人のせいにしてしまいがちです。しかし、本当はできるだけ笑顔で過ごせるようにしたいし、家族や周りの人もなるべく笑顔でいてほしいと願っているのではないでしょうか。おばあさんも、きっとそうだったと思います。だから、最後のお化粧を通じて「ありがとう」というメッセージを残したのではないでしょうか。
このおばあさんのように、私は家族や友人に「ありがとう」という気持ちを持って、あの世に行くことができるのだろうかと、ふと思いました。