そんな我慢もとうとう限界に達し、木ノ下さんが「今年で終わりにしよう」と社員に宣言したのは約5年前。偶然にも、そのタイミングで天の川はブレークした。買い求める若者が次々と訪れ、注文の電話がひっきりなしにかかってくる。晃帆さんは「海外の方がツイッターで『こんなきれいな和菓子がある』と紹介したのをきっかけに、一気に拡散したようです。『ネットで見た』『SNSで見た』という問い合わせがたくさん来ました。最初は何がなんだか分かりませんでしたが」と苦笑交じりに振り返る。
今や昔からのなじみ客にも人気だが、「最近できた商品?」と聞かれることがしばしばあるという。食べ物の写真映えを重視する今どきの志向が、オールドな和菓子ファンに見向きもされず、不遇をかこっていた商品にスポットライトを当てたというわけだ。
木ノ下さんは天の川が不振だった時期も、新しいようかん作りに挑戦し続けた。コーヒーと組み合わせたり、金魚を描いた日本画を再現したりとユニークな趣向を取り入れ、店頭のラインアップを増やしてきた。そうした進取の気性は、代々の当主から受け継いだものといえるだろう。
今年の新商品はレモンのようかん。残念なことに、これが木ノ下さんの「遺作」になった。6月14日、66歳で急逝したのだ。
あるじを失った悲しみに浸る間もなく、七條甘春堂は最盛期を迎えた天の川の販売に日々追われている。「父の和菓子づくりへのこだわりは本物だった。私もいずれは当主になり、天の川のような商品を将来に引き継いでいきたい」。晃帆さんは、そういって表情を引き締めた。
天の川の販売は、旧暦の七夕(8月7日)を過ぎた8月13日ごろまで。1本1080円。本店や各地の百貨店の売り場、オンライン販売で取り扱っている。