そこから、犬笛を使ったトレーニングが始まりました。教えたい項目は6つ(オスワリ・フセ・マテ・ハウス・オイデ・スピン)。スピンは「トリック」と呼ばれるもので、他の基本トレーニングとは趣旨が異なりますが、ヒトと犬がコミュニケーションを取るのに役立ち、また、楽しく練習できるというメリットもあります。
6つの項目を表す言葉がそれぞれ違うように、天君には犬笛の吹き方を変化させて教えなければいけません。平口さんは吹き方の一覧を作ってMさんと共有。最初は犬笛とハンドシグナルを組み合わせてトレーニングを行い、次第にハンドシグナルをなくして、犬笛の音だけでもできるようにしていきました。
2週間に1回のペースで計6回トレーニングしただけで、天君は見事にすべての項目を覚えたと言います。もちろん、その間にはMさんと天君のマンツーマン・レッスンが行われていたのですが。
「オスワリやフセは手で指示すれば大丈夫ですが、離れたところから呼び戻さないといけないときは、“音”じゃないと伝わらない。聞き取れる音が見つかってよかったです」とMさん。犬の特性上、ハンドシグナルのほうが指示は伝わりやすいようですが、少しでも音が聞こえるのなら、耳からも情報をキャッチできるに越したことはありません。前述の通り、平口さんも犬笛を使ったトレーニングは初めてでしたが、「言葉で教えるのと何も変わりませんでしたよ」と当時を振り返ります。
「帰宅したとき、玄関のドアを開けても出てこないし、名前を呼んでも振り向いてくれない。それを寂しいと感じる人もいるかもしれませんが、大したことではありません。元気でいてくれるだけで幸せです」
Mさんはそう言って、甘えてくる天君をやさしくなでました。愛犬の耳が聞こえないかもしれないと感じているあなた、犬笛を試してみてはどうでしょうか。新しい世界が広がるかもしれません。