弁慶はなぜか車に乗るのが大嫌い。乗せると泣き叫んで暴れるという。「保護した時は1歳くらい。当初は飼ってくれるという里親さんが見つかったんです。でも、その方が車に乗せて連れ帰ろうとしたら、車内で大騒ぎしてね。結局、諦めて帰られたんですよ。それで私たちが飼うことになりました」と慶子さんは振り返る。
夫婦はむかし、グレートピレニーズという真っ白なメスの大型犬を飼っていたことがある。名前はルーシー。たいそう可愛がっていたが、急性白血病のため7歳半で亡くなった。その2年後に現れたのが弁慶だった。慶子さんは、キリッとした強面で、風貌が武蔵坊弁慶になんとなく似ていることと、自分の「慶」も入っていることから「弁慶」と名付けた。
性格は穏やかで誰にも人なつこいため、茶房でくつろぐ客や日帰り入浴客の間で次第に人気者に。宿泊客が滞在する館内には決して入らず、茶房の周辺がテリトリーだ。「弁慶に会いたいから来た」というねこ好きの人、キャットフードなどお土産持参でやってくる人も大勢いて、店の一角には弁慶の似顔絵や人形などが飾られた”弁慶コーナー”も。ただ、中嶋さん夫婦が見ていない時に、おやつなどをあげる人も中にはいるらしく、「健康管理上よくないので、与えないようお願いします」(慶子さん)。
5年ほど前にはこんなこともあったそう。弁慶の左前脚に良性の腫瘍(毛芽腫)ができ、歩きにくそうにしていたため、切除手術をすることになった。慶子さんが旅館の女将やスタッフらにその話をすると、「それは大変だ」とすぐに数万円の募金が集まり、手術費用にあてることができたという。
「私たち夫婦はもともと犬派だったんです。でも、この子と出会って長年連れ添ううちに、すっかりねこ派になってしまったわ」と慶子さんはほほ笑む。弁慶はいま推定16歳。人間でいえば80歳くらいのおじいさんだ。そのため、老猫用のキャットフードを与えるなど、毎日の食事やちょっとした体調変化にも気を配っている。「いつまでも元気で長生きして、お客さんを癒やし続けてほしいです」と彼女は願っている。
▼「山みず木」熊本県阿蘇郡南小国町奥黒川温泉 電話 0967・44・0336