熊本県阿蘇郡南小国町にある黒川温泉。中心部から幅の狭い山道を2キロほどいくと、山あいの宿 「山みず木」にたどり着く。同旅館の敷地内にある茶房「井野家」では、店主の中嶋一博さん(63)、慶子さん(57)夫妻が飼うキジ白の弁慶(オス、推定16歳)が、露天風呂にやってくる人たちを癒やしている。
黒川温泉には、単純泉、炭酸水素塩泉、硫黄泉など7つの泉質が点在。宿ごとに違う泉質を好みで選び、湯めぐりを楽しめるのが魅力だ。「黒川温泉入湯手形」(1枚1300円、有効期限半年)を購入すれば、旅館25カ所と入浴施設2カ所のうち、3カ所の露天風呂に入浴できる。中でも、渓流沿いにある同旅館の露天風呂「幽谷の湯」(男性用)と「森の湯」(女性用)は人気で、日帰り入浴客が絶えない。
旅館から少し離れたところにある茶房「井野家」は、それら露天風呂の受付窓口も兼ねている。8月初旬に訪れた時、弁慶は店前の涼しい木陰で、ゴトゴト回る水車と小川のせせらぎを聞きながらウトウトしていた。冬場は暖房のきいた店内のコーヒー樽の上がお気に入りという。
一博さんは「ここで弁慶と触れあったのがきっかけで、旅館に宿泊するようになったり、宿泊客が弁慶と出会ったことで常連さんになられたり。そんな方々がたくさんいるんですよ」と自慢げに話す。
弁慶がこの店にやってきたのは15年前の春。「ある日、裏の塀の向こうに、ひょっこりと座っていたんです。最初は野良猫だと思って取り合わなかったのですが、何度もやってくるので、餌をあげはじめたら、情がわいてしまって…」(慶子さん)
ところが、慶子さんが保護しようと思った矢先、弁慶は行方をくらませてしまう。戻ってきたのはその5日後だった。何があったかわからないが、体はやせ細り、衰弱していた。慶子さんはすぐに動物病院へ連れていき、手当をした。