人が近づくと「シャー!」と挨拶(?)する猫が大阪市八尾市にいます。名前ははっちゃん。元野良猫で八尾市の住宅街で暮らしていました。
そこにやってきたのが保護猫団体の「八尾ねこの会さくら」です。人間なんか大嫌いなはっちゃんは知らんぷりしましたが、置かれた金網の箱の中から何だか良い匂いがします。つまみ食いをしようと中に入ったら、ガチャンと扉が閉まってしまったのです。2020年のことでした。
野良猫からベタベタ甘々猫に
あえなく捕獲されてしまったはっちゃんは、八尾ねこの会さくらの代表である黒田千代子さんの家へ。他にもいるたくさんの猫の1匹として過ごすことに。黒田さんに優しくしてもらううち、はっちゃんはベタベタ甘々の猫ちゃんになっちゃった。
誰が見ても元野良猫とは思えないほど、はっちゃんは黒田さんの前ではお利口さん。撫でさせてくれるし、抱っこも大好き。お腹を見せて上目遣いで見てくることもあるんです。
この様子を見た黒田さんは迷いました。「うちの子にしようと迎え入れたけれど、自分にこれだけ慣れるなら他の家でも過ごせるのではないだろうか」と。
黒田さんがこう考えるのには理由があります。それは彼女が高齢であるから。昭和17年生まれの後期高齢者です。はっちゃんは当時推定1歳。これから20年近く生きることを思うと、どう考えてもはっちゃんの方が長く生きるでしょう。
2年近く悩んだ黒田さんは決意しました。はっちゃんを譲渡する。
はっちゃんは怒っています
新しい家族を見つけるために選んだのは、八尾ねこの会さくら運営の譲渡型ねこ空間「ころん」です。できるだけたくさんの猫を譲渡につなげたいという想いから、黒田さんが78歳の時に設立しました。
2022年3月14日大安吉日オープン初日、はっちゃんは黒田さんのお家からころんに移動。はっちゃんは大ショックです。大好きな黒田さんはいるものの、大嫌いな他の人間もいます。その人間たちが近づいてきたら「シャー!」と言ってやりました。それから黒田さんに助けを求めるように、甘い声を出して呼びます。
「ねえねえ、ぼくはここだよ…」
黒田さんは遠くからはっちゃんを見つめますが、近寄ってなだめることはしません。その様子がはっちゃんは哀しくて哀しくて、お店の中で暴れまわりました。もう手がつけられません。スタッフには噛みつくし、お客さんからも「ケージに入れたらどうですか?」なんて言われるほど。
こんな感じですから、スタッフからつけられたあだ名は「暴れん坊将軍」。
猫歴60年の勘
そんなはっちゃんを受け入れてくれる人が、黒田さんはいると確信していました。それは60年の間、猫と向き合ってきた経験がいわせたものです。
黒田さんは物心がついたころには、大の猫好き。「保護猫活動」なんて言葉がない時代から、病気の猫がいれば家に迎え入れ、息絶えた猫がいれば葬ってやる。誰にいわれることなく、自然と行っていました。
そんな黒田さんの大きな転機は2015年のこと。同じく八尾市でTNRを行っていた高齢女性が、黒田さんを訪ねてきたのです。1人で世話をしてきたものの、もう体力もお金もなくなってしまったと言います。
それを聞き黒田さんはすぐ行動。市役所に行き、官民一体の野良猫対策をしてほしいとお願いしました。行政は黒田さん1人の時では話を聞いてくれませんでしたが、仲間を集めて保護猫団体「八尾ねこの会さくら」を設立してからは、じっくり耳を傾けてくれるように。
粘り強く交渉を重ねた2017年、遂に初めての助成金がおりました。けれど、行政から言われたんです。
「自立のための助成金ですから、それを考えてください」
これを聞いた黒田さんのハートに火がつきました。譲渡会で入場料をもらおうか、それとも別の方法か。
猫も人も見つめ続けてきたから
実は黒田さん、遅咲きなもののバリバリのキャリアウーマンなんです。子どもに手がかからなくなった40代前半のころから働きに出て、あれよあれよという間に出世。管理職としてアパレルショップを切り盛りしていました。そのお店が閉店してからも、管理職として何度も再就職してきました。仕事が一段落したため、ころんを開店したのです。
猫も人も見つめ続けてきた黒田さんだからこそ、はっちゃんに新しい家族が見つかる未来が見えていました。一方、スタッフは半信半疑。だって、今日もはっちゃんはシャーシャー言っているんですから。
既に、はっちゃんがころんに来て約2年。相変わらず黒田さんの前では天使で、他の人の前では悪魔。まるでジキルとハイドです。そんなはっちゃんを、「かわいい」と言ってくれる家族がとうとうあらわれました。
それは30代後半の夫婦。2回目の来店でトライアルを申し込んでくれました。黒田さんにあれだけ甘えられるのなら、いつか自分たちにも甘えてくれるんじゃないか、というのが決め手だとか。
スタッフはビックリするやら嬉しいやら。その隣で、黒田さんは静かに微笑んでいました。
30年前の夢リストを今
2023年6月、はっちゃんのトライアル開始。トライアルで大きな問題は起きなかったため、そのままお家の子に。今では、黒田さんと同じかそれ以上に夫婦に懐き、ベタベタ甘々猫になっているんだとか。
はっちゃんを譲渡し、一息ついた黒田さんは言います。
「家を片づけていたら、夢リストが見つかったんです。自分でも忘れていたんですが、生まれ故郷の小豆島で猫のための施設を作りたいと書いてありました」
場所は違えども、夢を叶えた黒田さん。でも、まだ叶えていない夢が夢リストにはあります。今年で84歳の黒田さんに叶えられるのでしょうか。
「私、誰よりも元気なんですよ」
そう笑う黒田さんの周りには、多くの猫とたくさんの人が集まっています。
【譲渡型ねこ空間 ころん】
〒581-0802 大阪府八尾市北本町1丁目3−33
080-1431-5959
【八尾ねこの会さくら】
HP:https://yaoneko-sakura.1web.jp/
Instagram:https://www.instagram.com/yaosakura.koron/