高齢者施設では、入居者同士が仲良くなって性的な関係に発展することがあります。同意のうえの関係ならまだしも、性被害に発展してしまうこともあるそうです。
実際に2023(令和5)年には、施設の入居者が別の入居者に性的暴行を加え死亡させてしまった事件も報道されました。こうした事態を防ぐには、トラブルの兆候をいち早く把握し、適切に対応することが欠かせません。
しかし、現場では「まずは施設内で対応すべき」という判断から、家族への報告が後回しになりがちだという声もあります。事情が込み入った問題を施設だけで抱え込んでしまうと、対応が後手に回ってしまい、結果として家族との信頼関係を損なうことになりかねません。
では、介護施設はなぜ「まずは施設内で対応すべき」と考えてしまうのでしょうか。介護福祉士の遠田悟さんに話を聞きました。
入所者同士のトラブル、被害を拡大させないためにも何が必要?
――施設側が「まず内部で解決すべき」と判断する背景には何がありますか?
背景には、家族に伝えることへの心理的なハードルの高さがあると感じます。特に性的な接触が絡む問題は、伝え方ひとつで「監督不行き届き」と受け止められかねず、職員も及び腰になりがちです。また、日々の業務に追われるなかで「大ごとにしたくない」「まずは様子を見よう」という判断が、現場レベルで先行することも少なくありません。
2024(令和6)年度から、虐待防止委員会の設置や指針の整備、担当者の選任がすべての介護事業所に義務付けられ、組織としてのルールづくり自体は制度上進んでいます。ただ、これはあくまで虐待を主眼にした枠組みであり、入所者同士のトラブルへの対応まで具体的に落とし込めている施設は、まだ多くないのが実感です。
制度はできても、「どこまでを報告対象とするか」「誰が家族に伝えるか」といった実務レベルの線引きが、現場の職員個人の判断に委ねられているのが、報告が遅れる一因と感じます。
――家族と施設が適切に情報共有するために、今後どのような仕組みが必要ですか?
まず必要なのは、「どんな出来事を、いつまでに、誰が家族に伝えるか」を、施設内であらかじめルール化しておくことです。ゼロから仕組みを作るよりも、すでに設置が義務付けられている虐待防止委員会や事故防止委員会に、入所者間トラブルへの対応も明確に位置づけるのが現実的です。
委員会であれば、管理者を含めた多職種で定期的に開催されているので、判断を現場の職員任せにせず、報告基準を組織として共有しやすくなります。
2025(令和7)年11月に厚労省が公表した「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」も、指針づくりの参考になります。事故発生時の初動対応から家族への説明、再発防止までの流れが整理されており、入所者間トラブルへの対応を検討する土台としても活用できます。
また、入所時の契約段階で「入所者間のトラブルも報告対象になり得る」ことを家族に伝えておくと、いざというときの心理的な負担も軽くなると感じます。日ごろから些細な出来事も報告し合える関係を築いておくことが、大きなトラブルの予防につながります。
――そもそも、施設内で入所者同士のトラブルが起きた場合、家族への報告義務やタイミングに法的なルールはありますか?
はい、法律に基づくルールがあります。特別養護老人ホームの場合、運営基準の第35条をはじめ、介護保険サービス全般の基準で「事故が発生したら速やかに市町村と家族へ連絡すること」と定められています。
目安としては、死亡や治療を要するような緊急性の高い事故は電話などですぐに第一報を入れ、正式な報告書は遅くとも5日以内に提出するのが、実務上の運用です。入所者同士の性的な接触も、心身への影響があれば、この「事故」として扱うのが現場の共通認識です。
特に認知症などで判断能力が低下している場合は、本当に同意のうえだったのかの見極めが難しく、施設だけで抱え込まず、内容によっては警察への相談も選択肢に入れるべきだと感じます。
――施設が家族への報告を怠り、結果的に被害が拡大した場合、施設側の責任は問われますか?
施設側が責められることは、実際にあります。報告を怠っていたことが後から分かると、「隠していたのでは」と行政から厳しく見られ、指導が入ることもあります。運営基準そのものに事故防止のための体制整備が義務付けられているため、報告や再発防止の体制が整っていないと判断されれば、基本報酬が減算される場合もあります。
それに、報告が遅れて対応が後手に回った結果、被害が広がってしまえば、「なぜ早く手を打ってくれなかったのか」と、家族から損害賠償を求められるケースもゼロではありません。
施設には利用者の安全に配慮する「安全配慮義務」があり、危険を予見できたか、予見できたのであれば結果を回避する手を尽くしたか、という観点から責任の有無が判断されます。
報告の遅れは、この「結果回避義務」を果たさなかったと見られる材料になりかねません。
現場としても、「あのとき、すぐ報告していれば」という後悔は、事故そのものより長く尾を引くものです。
◆遠田 悟(えんだ・さとる) フリーランス介護福祉士
介護・障がい福祉分野での現場経験を活かし、介護事業所の経営支援や人材育成、AI・ICT活用支援など幅広く活動。介護現場から経営まで携わってきた経験をもとに、介護・福祉に関する解説や監修、講演、執筆を行っている。「子どもの将来なりたい職業ランキングで介護福祉士を10位以内に」を目標に、介護の楽しさや魅力を発信する活動を行なっている。『ヘルプマン取材記』第2巻キャラクターモデル、ダイヤモンド・オンライン掲載、Polygon Channel対談出演、『おはよう21』掲載などメディア実績も多数。