「若い女性のヘルパーさんがいい」「あの子に着替えを手伝ってほしい」
80代の父親のこうした発言に、娘のリカさん(仮名・50代)は頭を抱えていました。
要介護3の父親は身体介護が必要な状態ですが、訪問介護サービス利用時に特定の性別・年齢のスタッフを求めたり、ケア中に不適切な発言をすることが増えています。ヘルパーへの申し訳なさと、父親への複雑な感情の間で、リカさんはどう振る舞うべきか悩んでいました。
介護現場におけるハラスメントは、利用者やその家族からの身体的暴力、精神的暴力、セクシュアルハラスメントなどが含まれ、深刻な問題となっています。2021年度の介護報酬改定により、すべての介護サービス事業所にハラスメント対策が義務付けられました。厚生労働省の調査では、介護職員の約21.6%がこの問題を経験していると報告されています。
高齢者からの不適切・性的発言の背景
高齢者による介護職への不適切な言動が見られる背景にはさまざまな要因があります。
▽世代的価値観の影響
高度経済成長期に働き盛りだった世代には、「介護や家事は女性が担うもの」といった価値観を持つ人が少なくなく、それが介護場面でも無意識に表れることがあります。こうした価値観は本人の中で「当たり前」であるため、不適切な発言だという自覚がないケースもあります。
▽利用者や家族のストレス
身体の衰えや介護の必要性に対する不安と焦りから、介護職員に対して攻撃的・高圧的な態度を取ることがあります。
自立して生活していた人ほど、他者に依存せざるを得ない状況に強いストレスや無力感を抱きます。これまで自分でできていたことができなくなる喪失感、プライドの傷つきなどから、言動が乱れることがあります。特に排泄や入浴など、プライバシーに関わる介助を受けることへの羞恥心や抵抗感が、防衛的な態度として表れる場合もあります。
▽認知症など認知機能低下
認知症や脳疾患により、感情的にならず落ち着いて行動するという衝動制御が難しくなり、本来口に出さない発言が表に出る場合があります。前頭葉の機能低下により社会のルールや環境に合わせた言動をするという社会的抑制が効かなくなったり、判断力の低下により適切な距離感を保てなくなったりすることがあります。
ただし、認知機能の低下として現れる行動については、本人の意図とは異なるものとして、一般的なハラスメントとは区別して対応する必要があります。
家族が取るべき対応
では、介護を受けている家族がこういった言動を行ったとき、家族はどうすればよいのでしょうか。
▽不適切発言を容認しない姿勢を示す
まずは、不適切な発言をしているということを冷静に明確に伝えて、理解を促しましょう。「その発言は介護職員を傷つけます」「そういう言い方は失礼です」と、具体的に何が問題なのかを説明することが大切です。
家族が伝えないままいると、結果として本人は「問題ない」と受け止め、状況が悪化する可能性があります。一方で、感情的に叱責するのではなく、相手の尊厳を傷つけない伝え方を心がけることも重要です。
▽ケアマネジャーや事業所に相談する
性別希望やケア時間帯の調整、家族の立ち会いなど、個別対応が可能な場合があります。厚生労働省の「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」では、利用者家族からの相談も推奨されており、事業所側も対応の準備をしています。
相談する際は、具体的な発言内容や状況を記録しておくと、適切な対応策を検討しやすくなります。「いつ、どこで、どのような発言があったか」を整理しておきましょう。
▽医療機関で認知機能や心理状態の確認
認知症の進行や薬の副作用、心理的ストレスが原因の場合、医師の評価がどのように対応するのが良いのかの参考になります。かかりつけ医や精神科医、認知症専門医などに相談し、背景にある医学的要因を明らかにすることで、適切な治療や環境調整につながります。
▽法律・制度面での対応
2020年に施行された労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)により、職場でのハラスメント防止対策が事業主に義務付けられました。また、2021年度介護報酬改定では、すべての介護サービス事業者にハラスメント対策として必要な措置を講じることが義務化されています。
介護職への性的ハラスメントは、事業所が防止義務を負う事項です。家族としても、必要に応じて事業所に正式な報告を行い、対応を求めることができます。
なお、高齢者虐待防止法は、養護者や施設職員から高齢者への虐待を防止する法律であり、利用者から介護職へのハラスメントを直接規制するものではありませんが、適切なケアが提供されるための環境整備という観点で関連性があります。
▽介護職を守る視点
「ご迷惑をおかけしてすみません」「もし気になることがあれば遠慮なく教えてください」と伝えることで、職員の負担を軽くする助けにもなります。介護職が安心して働ける環境は、質の高いケア提供につながり、最終的には利用者本人の利益にもなります。
◇ ◇
介護における「老い」と「性」の問題は非常にデリケートです。
家族・介護職・本人の3者が適切にコミュニケーションを取り、行政ガイドラインや制度に基づく対応策を組み合わせることで、より良い関係を築くことができます。
問題が起きたときは、一人で抱え込まず、ケアマネジャー・医療機関・事業所と連携し、無理のない形で対応していきましょう。介護職を守ることは、質の高いケアを受け続けることにつながり、最終的には大切な家族のためにもなるのです。
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士 身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症Ⅱ型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。