「大学1年生に話を聞くと、入学2カ月で既にみんなAI漬けらしい」——。ある大学教員のXへの投稿が話題を呼んでいます。
投稿したのは、自称オホーツク工大教授のTakashi Okumuraさん(@tweeting_drtaka)。「このまま行くと、大学生活を通じて『いかにAIっぽいレポートを素人っぽい内容と見た目に汚すか』という能力の獲得に一番時間をかけることになりかねない」と危機感をつづりました。
さらに「持ち込みなしのテストにすれば教員側はいくらでも実力を評価できる。後に残るのは、学費を払いながらトレーニングの機会を自ら捨ててきた『AI未満学生』の山だ——」とも続けています。
この投稿には「(構成から変えないと)文体変えたってAIっぽさは消えないから、なかなかのテクニックが必要ですね」など、多くの声が寄せられています。なかには、「優秀な友達からレポートを受け取って、コピーをベースに考察を一つ足しながら、友達よりいい評価を目指していた時代と何も変わらない」といった、レポートの“ごまかし”は今に始まった話ではない、という声も。
さらに、「AIを使えば書けるようなレポート課題は、もう無意味。授業中の即興の発表とか、そっちの方に重きを置くようになるんじゃないかなあ」という、課題や評価のあり方そのものが変わると予想する声や、「就職すると、AIには聞いた?AIでも良いから案出して!みたいに言われる」といった会社員の声も届きました。
AIは「優秀な壁打ち相手」
Takashi Okumuraさん自身は、AIを日々の仕事でこう活用しています。「『壁打ち相手』、つまり自分の考えをぶつけて意見をもらう相手として使うことが多いです」と話します。
「自分の考えや文章をAIに示して、第三者としての意見をもらい、質を上げていきます。あらゆる分野にある程度の知識があるので、複数分野にまたがる議論の相手としては、人間以上に役立つ場面もあります」
一方、まだまだ不得意な部分もあるとのこと。「現状のAIは1対1の対話システムなので、多人数での会議に出席して、話の流れを読んで議論に貢献するといった使い方は、まだ難しいですね」
「AIに丸投げ」で困るのは誰か
Takashi Okumuraさんによると、学生がレポートをAIに丸投げしているかどうか、教員には見分けがつくといいます。
「学生が知らないはずの難しい言葉や、不自然なレイアウトなど、過去の提出物の水準との違いから、すぐに分かります。ただ、詳しく語るとすぐに対策プロンプト(AIへの指示文)が出回るでしょうから、あまり詳しくは言えません」
また、論述を減らしたペーパーテストなど、AIが使えない形式の評価にシフトすること自体は、教員側にとって難しいことではないそうです。しかし、そこには大きな懸念があるといいます。
「問題は、それでは学生側が『時間をかけて考え、調べ、文章に表現する』という、頭脳労働者になるための根本的なトレーニングができなくなっていく点です。困るのは、われわれ教員ではなく、学生自身ではないでしょうか」
AI時代に必要なのは「疑う力」!?
投稿に寄せられた声にあったように、企業でも「自分で考えずにAIに考えさせる」場面は増えています。そうした時代に、働き方はどう変わっていくのでしょうか。
「頭脳労働者の所得水準は下がり、職人や技能を持った人たちの価値が高まっていくのでしょう。AIに依存していく人は代替が利くわけですから、大卒としての優位性は失われていくはずです」
AIを使いこなす側になるか、AIに置き換えられる側になるか。Takashi Okumuraさんは、これからの時代に必要な力として「すべてのものを疑う力」を挙げます。AIの答えも、目にした情報も、うのみにせず自分の頭で確かめる――。その姿勢こそが、AI時代を生きる私たちの土台になるのかもしれません。