映画『正直不動産』の原作コミック原案者である夏原武氏は、長きにわたり裏社会や経済の暗部を取材し続けてきた。昭和の狂騒から平成の停滞、そして令和の現在に至るまで、不動産をめぐるトラブルは形を変えて人々の生活を脅かしている。現代社会に潜む不動産の闇と、私たちが詐欺に陥らないための自衛策について、夏原氏が警鐘を鳴らす。
■知識なき「投資」が招く悲劇
かつて居住のための基盤であった土地や建物は、いつしか手軽な利殖の手段として一般大層の欲望を刺激するようになった。そこには、日本人の深層心理に根付く絶対的な思い込みと、リスクを軽視する風潮が影響を及ぼしている。
「バブル時代には『午前中に買った土地が午後には倍の値段で売れる』というような狂乱があり、『不動産さえ所有していれば稼げる』という錯覚が社会全体を覆いました。その崩壊後、回復までに約20年を要した平成を経て、令和の現在は実需とは異なる不動産投資の側面が異常に拡大しています。日本人は『土地は逃げない』という根強い信仰心を持っています。そのため、株やFXなら事前に勉強するのに、不動産投資に関しては知識を持たないまま手を出してしまう人が後を絶ちません」
安易な参入は、取り返しのつかない破滅への入り口となる。
「現実には、年収600万円程度の人が数千万円の融資を受けて投資を回し、入居者が少し途絶えただけで自己破産に追い込まれるケースが頻発しています。業者は『困ったら買い取る』と甘い言葉をかけますが、結局は買い取り額が半減し、多額のローンだけが残るのが最も多い破綻のパターンです」
■巧妙化・陰湿化する現代の「地上げ」
バブル期の不動産トラブルと聞けば、力任せの強引な手法を想像する人は多い。しかし、法整備が進んだ現代において、悪意ある業者たちは公権力の介入を巧妙に避ける術を身につけ、より陰湿な手段で住民を追い詰めている。
「映画内で描かれている嫌がらせ行為も、実際に起きた事件をモデルにしています。かつての地上げ業者は豊富な資金力を背景に大金を積むか、最終的にダンプカーが突っ込むような暴力を振るう手法をとっていました。対して現代の業者は、銀行から高金利で資金を借り入れているため、長期間の交渉に耐えられません」
焦燥に駆られた者たちの行動は、法の網の目を潜り抜ける形でエスカレートしていく。
「そこで、私有地内での深夜のバーベキューや花火、投光器による強い光の照射、池を掘ってボウフラを湧かせるといった嫌がらせを行います。大阪では、立ち退きに同意しない長屋の両隣を破壊し、薄い壁にブルーシートだけを張るといった過激な事例もありました。刑事事件に発展しない『民事の範囲内』で行うため、警察を呼んでも民事不介入を理由に注意程度で終わってしまいます。ある意味では昔よりも悪質で対処が困難なのが実態です」
■縮小社会における「住まい」の最適解
経済の右肩上がりが終焉を迎え、人口減少が続く日本。一部の都市部と地方における不動産の二極化が進む中、先の見えない時代を生き抜くためには、これまでの常識やステータスへの執着を捨て去る柔軟な思考が求められている。
「詐欺に遭わないための大前提は、赤の他人が儲け話を持ってくることは絶対にないと認識することです。サーバーを購入したら『3か月で10%増やす』といった投資話もありますが、現在の銀行金利を考えればそのような利益が出るはずがありません。業者は自らが利益を得るために近づいてくるに過ぎないのです」
無防備な欲望を自制した先にあるのは、社会の変動に惑わされない本質的な価値観の再構築である。
「また、これからの日本全体が縮小していく中で、不動産価格が高騰し続ける東京などの一部の都市部に執着する必要はありません。地方都市に行けば、賃貸ビジネスすら成立せずに空き家が増加している現実があります。見栄やステータスにとらわれるのではなく、自分にとって最適な生活とは何かを見つめ直し、身の丈に合った住環境を選択することが、将来の不安を軽減し、心穏やかに生きるための最善策だと言えます」
時代の変遷とともに形を変え、私たちの生活の基盤である「住」を狙う不動産の闇。甘い言葉に隠された罠を見抜き、法的介入が難しい現代の悪質化する手口から身を守るには、正しい知識と疑う勇気が不可欠だ。映画『正直不動産』が描く生々しい社会の現実は、不確実な時代を堅実に生き抜くための強力な道標となるだろう。