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「大好きな八ッ橋にたずさわり、経営ができるなんてラッキー」中学からブレずに進んだ社長への道と未来【老舗の継承】

太田 浩子 太田 浩子

 代表的な京都土産のひとつ「八ッ橋」を製造販売する「聖護院八ッ橋総本店」(京都市左京区)は、近代筝曲の開祖といわれる八橋検校(やつはしけんぎょう)の墓参に訪れる人向けに八ッ橋販売を始めた1689年を創業としています。2024年12月に同社の代表取締役社長となった鈴鹿可奈子さんにお話を聞きました。

 琴のような形をした八ッ橋は、米粉と砂糖、ニッキ(肉桂)が原材料のパリッとした焼き菓子です。生八ッ橋は、八ッ橋と同じ原材料で配合が異なる焼かない菓子。この生八ッ橋にあんが入っているのが「あん入り生八ッ橋」で、同社の商品名は『聖』です。

 同社の本店・本社は、聖護院門跡寺院の近くに位置します。鈴鹿さんは子どもの頃から、この辺りに居住しており、生活と会社が密接していました。両親とともに、お散歩がてら販売店や工場に寄り、会社の行事にも1歳に満たない頃から参加していたそうです。

 一方で両親から「会社を継ぎなさい」と言われたことはなく、どちらかというと「自分がやりたいことをしたらいい」と言われて育ちました。

「八ッ橋はお土産物のイメージが強いかもしれませんが、私の中では日々食べる大好きなお菓子です。そんなお菓子に携わることができ、会社を経営することができる位置にいることは、ものすごくラッキーだと思っていまして、父に『聖護院八ッ橋本店を将来継ぐよ』と、中学に入る頃には話していました」

 そして迷うこともブレることもなく、会社経営への道を突き進みます。京都大学を卒業後、社会勉強のために帝国データバンク大阪支社で1年働いたあと、2006年に聖護院八ッ橋総本店に入社しました。

最初に手がけた仕事

 入社して最初に手掛けたのは、『聖』のパッケージの変更でした。「あん入り生八ッ橋」の『聖』が発売されたのは1967年と比較的最近で、ずっと同じパッケージで販売されていました。

 京都に観光に来る人は、京都の四季を楽しみに何度も訪れる人が多いというアンケート結果を見た鈴鹿さんは、「毎回同じお土産を買うより、『春の京都に行ってきたよ』とか『京都で紅葉を見たよ』と言えるような、目で見て楽しいパッケージにしよう」と季節ごとに異なる包装を企画。

 今でこそ、そういったパッケージが増えていますが、約20年前には「中身は同じなのにパッケージを変えてもいいのか?」という雰囲気だったそう。それでもスタートしてみると好評で、「入社してすぐでしたから、お客さん目線になれたのかもしれません。あのとき押し切って良かったなと思っています」と、最初に手応えを感じた仕事だったと振り返ります。

さらに大きな挑戦

 次の大きな挑戦は、八ッ橋・生八ッ橋の新しい楽しみ方を提案する菓子ブランド「nikiniki」の立ち上げでした。鈴鹿さんが長年考えていたことは、八ッ橋をより多くの人に食べてもらうこと。

「八ッ橋って聞いただけで『お土産物ね』と思われてしまう。もっとふらっと気軽に買いに行けるような店舗にして、生八ッ橋といろいろな食材を合わせることで楽しく食べる人が増えたらいいなという思いで、新ブランドを立ち上げました。聖護院八ッ橋という名前は大きくは出していません」

 「nikiniki」の商品は、生八ッ橋の生地を使った季節のかわいらしいデザインの生菓子、生八ッ橋に好きなあんやコンフィを入れて楽しむ「カレ・ド・カネール」、八ッ橋のクランチにチョコレートをかけたものなど、デザインはモダンにしながら、聖護院八ッ橋本店の八ッ橋・生八ッ橋の生地を使うことにこだわっています。

「お土産は、本来その土地で美味しく食べられているから、持ち帰って地元の方にもお知らせしたいなと思うものだと思っています。地元の人も地元じゃない人も食べて、『美味しいな』って言ってもらえたら、どんな形でもいいと思っています。お菓子なのでね、食べる人が笑顔になるのが一番かな」

新ブランドの立ち上げで気づいたこと

 この「nikiniki」の立ち上げは、鈴鹿さんの大きな転機にもなりました。

「入社してすぐの頃は、歴史がある会社を自分の代で途絶えさせてはいけないとガチガチになっているところがありました。新ブランドの立ち上げは、今まで続いてきた八ッ橋が食べられなくなってしまうことがないように何かしたいと思ってのことでしたが、それを皆さんに受け入れてもらえたことで、八ッ橋を作ってきた歴史が、重荷ではなく、支えになっているということに気がつきました。

お客様や今まで働いてくださった社員さんの信頼を受けて八ッ橋を作っている。それは設立1年目でも330年以上でも同じだと思えるようになりました。社長になる前にその転機が来て良かったと思っています」

 父の且久さんから社長を引き継いだのは、2024年12月で、取材時は社長になって1年3ヶ月ほど。「父は会長職で、経営のノウハウですとか、社員さんの意見をどうまとめていくかなどは、まだ父に頼りっぱなしです。現在は子育て中ということもあり、なかなかすべての業務を見ることができないのですが、勉強しながらやっていくしかないと、気を引き締めています」と鈴鹿さんは話します。

 そう話す鈴鹿さんですが、京都府物産協会の理事、京都府教育委員会委員や京都府男女共同参画審議会委員、近隣である京都市立白河総合支援学校・学校運営協議会委員の理事長など、地域や行政関係の仕事も多く引き受けていて忙しい日々です。

「八ッ橋」のこれから

 今後は、ニッキをもっとアピールしていくことや、フードロスの問題に取り組みたいとも。「工場で形を整えるために出てしまう長い生八ッ橋の端っこを、アイスキャンディーやデニッシュパンに入れて活用してもいますが、もっと利用を増やして廃棄をゼロにできたらいいなと思っています。梱包も含め、将来の環境のことを考えたい」と力強く語ります。

 その想いは、現在小学1年生の一人娘の未来につながります。鈴鹿さんと同じように、八ッ橋が好きで、散歩がてら店舗に顔を出したり、行事に参加したりしている娘さんは、将来の夢の作文で、「大きくなったら八ッ橋を作って、ママみたいになりたいです。八ッ橋を世界中の人に食べてもらいたいです」と書いていたそう。

「フードロスへの姿勢はこれからもっと考えていかないと、それこそ後を継ぎたいと言ってくれている娘が大人になったときに、地球がボロボロになっていたら、会社を経営しているとか言っている場合じゃないかもしれない」

とはいえ、娘に継ぎなさいと押し付けるつもりはないと言います。「私も両親と同じで、後継という前に一人の人間として、彼女がしたいことを見つけたら応援しようと思っています。ただ、彼女の選択肢に入るような会社ではありたい。私の姿を見て、会社のお菓子を食べて、社員さん一人一人と向き合うことで生まれる会社の雰囲気を見て、ここで働きたいと憧れてくれるような会社であって欲しいですね」と微笑みました。

◾️聖護院八ッ橋総本店のHP https://shogoin.co.jp

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