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全身に鋭い痛み、検査はすべて正常…病院を巡り2年後に分かった病名は!?シンガーソングライターが語る〝治らない痛みと生きる覚悟〟

古川 諭香 古川 諭香

全身の広範囲に鋭い痛みが出る線維筋痛症は、血液検査や画像検査によって異常がみられない原因不明の慢性疾患。感じているたしかな痛みを”病状“として分かってもらえないことに悩む当事者も多い。

シンガーソングライターの栁かおりさん(@sakenomiyanagi)も孤独感と闘い、数えきれないほどの病院を受診。病名が判明したのは、発症から2年も経った頃だった。

歌手活動と呑み屋のママ業に勤しむ中で生じた“鋭い痛み”

昭和歌謡をこよなく愛しながら歌手活動を行い、東京・新宿のゴールデン街にある呑み屋「かおりノ夢ハ夜ヒラク」のママ業も勤める栁さん。

高校生の頃はジャズやヒップホップ、ブルーズなどが好きで、R&Bを歌ったり、作詞作曲をしたりするようになったが、大学生の頃、ラジオから流れてきた昭和歌謡曲に感銘を受けた。

以後、昭和感と今を生きる歌詞をジャジーにアレンジした、オリジナルのジャズ歌謡を歌うように。2012年には、初のミニアルバム「赤」を発売。2022年には初のフルアルバム「酒呑みブルース」を世に放った。

「歌詞は、実体験に基づいて書いています。曲調は、お酒に合うことを意識しています。私はライブが命だと思っているから、お客さんが涙を流してくれたり、『いっぱい酔っぱらった』と言ってくれたりすると、すごく嬉しい」

お店をオープンしたのは、2014年。歌手・呑み屋のママとして忙しくも充実した日々を送っていたが、2016年頃、体に異変が…。全身に激しい痛みを感じ、整形外科を受診する。だが、検査で異常は見つからず。栁さんは治まらない痛みに苦しみ、数えきれないほどの病院を受診した。

親身になってくれる病院もあったが、「異常はない」との一言で診察があっさり終わることも多く、心は傷ついた。

「レントゲンやCTは何回も取りました。検査に費やした費用は総額で何十万円にも及びます」

総合診療内科の医師との出会いが「線維筋痛症」を発見するきっかけに

病名が判明するきっかけとなったのは、とある病院の総合診療科を受診したこと。2年近くも様々な病院を受診していた栁さんはこの時も原因不明と診断され、総合診療科に回された。

だが、症状を聞いた医師は「線維筋痛症」の疑いがあると診断。線維筋痛症の治療に特化した病院に繋げてくれた。

「でも、その病院には都内の線維筋痛症患者が集まり、ドライブスルー診察でした。診察時間は、いつも数分。相談したいことがあっても、『次回聞く』と言われて…」

医師からは、脳からの信号をシャットダウンすることで痛みを和らげる薬が処方された。だが、その薬は栁さんには合わず、うつ状態に。大好きな楽曲制作すら億劫になり、歌手活動は3年、休業。

「何かあると曲に落とし込むタイプだったので、それすらできないことが辛かった」

やがて、心療内科を受診するようになった栁さんは夫の協力を得ながら、線維筋痛症と親身に向き合ってくれる病院を探し始める。

全人的医療に取り組む医師との出会いで“持病と生きる覚悟”が持てた

様々な病院を受診する中で栁さんが信頼を寄せるようになったのは、「全人的医療」に力を注ぐ医師だった。全人的医療では人間を“ひとつの全体”として捉え、病気だけではなく、生活習慣や心などを総合的に診て、治療や予防にあたる。

医師はしっかり話を聞いてくれ、信頼関係が育めた。医師からの指示により、栁さんは合わない処方薬の服用をやめ、昼夜逆転の生活や食生活を見直すように。全人的医療は栁さんの体に合い、精神的な落ち着きを取り戻すことができた。

現在、栁さんは普通の日常生活を送れている。ただ、体の痛みは24時間365日ある。痛みはストレスを感じると強まり、息をするだけで辛い時もあるという。

「でも、信頼できる医師との出会いを機に、こういうもんだと思って付き合っていけるようになりました。私の場合は、一生治らない病気とどう付き合っていくか覚悟を決めるまでが、一番大変だったように思います」

線維筋痛症の原因は詳しく解明されていない。ただ、栁さんは医師から「心も大きく関わる病気」と言われたことがあり、自身も病気と付き合う中で“心のケア”の大切さを痛感したという。

「私の場合は、完治しない痛みがある自分を認めることが一番の治療になりました。精神的に辛かった時期には『労わってほしい』と思いもしましたが、そういう病人意識から抜け出して病気を自分の一部と受け入れられてからは、考えすぎて痛みが増すことが減りました」

発症当時は生きることが嫌になり、「なんで分かってくれないの」という気持ちでいっぱいだったが、その経験も今では宝と思えている。

「時間だけがあり余る闘病中には心を落ち着けたいと思い立ったことで茶道や華道を学べましたし、勉強したウイスキーや日本酒、着物は仕事に活かせています。それに、病気になったからこそ、自分を省みたり、相手の気持ちになって考えたりするという当たり前だけど忘れてしまいがちなことの大切さに改めて気づけました」

全て、ゆっくり療養できたからこその財産。栁さんの言葉は、似た境遇の人に刺さる。

線維筋痛症の当事者が”医師や社会へ願うこと”

線維筋痛症との向き合い方を模索した日々を振り返った時、栁さんが痛感するのは自分の体を丸ごと診てくれる医師がいることの尊さだ。

「人間の体は細分化されておらず、全部でひとつの体。全てひっくるめて自分なのだから、臓器単体ではなく、全体を診てくれる医師が増えてほしいです」

また、病名が判明するまでは周囲に病状を説明することが難しく、心ない言葉も受けたからこそ、想像力を持って他者を見る人が増えてほしいと願う。

「病気の有無に関わらず、その人のバックボーンを考える想像力は大切。多くの人が持てたら、生きやすくなる人は増えるだろうし、誰かを煙たがる自分を嫌だと思うことも減ると思います」

自分の経験を明かすことで、同じ病気で悩んでいる人を元気づけたい。そんな想いから、取材に応じてくれた栁さん。彼女はこれからも人生を詰め込んだ歌を届け、飾らない自分で他者と向き合い、心に明かりを灯していく。

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