「いろいろ思うところがあって、近くの児童養護施設に七五三の着物とか、施設を卒業した子に振袖を無料でレンタルしようと思ってる」
年が明ければ、まもなく成人の日(2026年は1月12日)。成人式の日には、振袖や袴などの晴れ着で街を歩く新成人に出会うことでしょう。しかし、何らかの事情で晴れ着を身につけることが叶わない人にむけての呉服店のアイデアが、Xで共感や称賛の声を集めています。
大阪市内にある呉服店きくや(アカウント名:呉服のきくやてんちょ @gofukunokikuya 以下きくや)は、かつてレンタルも行っていたそうですが、ネットで買えるリサイクル着物が人気となり需要が減少。
「レンタル用の着物がいっぱいあるので社会貢献したいなと思い立ちまして。 明日にでも問い合わせてみようかな。こういうの初めてで受け入れてもらえるか全くわからないんだけど…」と、即行動。
きくやの店主に投稿後の振袖レンタルの状況を聞くとともに、実際に振袖レンタルの提案を受けた児童養護施設に話を聞きました。
誰かのお役に立てたら…
大阪市大正区で店舗を営む呉服のきくやの創業は、おそらく大正15年頃。個人商店ゆえ、正式な創業時期は定かではないそうです。
昔は新品の着物を中心に扱っていましたが、10年ほど前から値段の安いリサイクル品を並行して取り扱うようになり、今ではリサイクル品が99%。オンラインでの販売も行っているため、全国に顧客がいます。
「レンタル振袖を児童養護施設で暮らす若者に着てもらおう!」というアイデアが浮かんだのは、11月24日深夜。
「着物ファンや着物に興味のある人のお役に立ちたい気持ちは常々持っていました。それに加え、最近、とある企業の社長の“企業は社会貢献が必須だ”の言葉に感銘を受けて、自分にできることはないかな、と考えるようになって……。
出番が少なく、保管されたままのレンタル用の振袖が役に立つのではないか!と思いついたのです」
突然の閃きから、翌日には近くの児童養護施設「社会福祉法人 海の子学園(以下海の子学園)」にメールで連絡しました。
経過を知らせる一連の投稿には「素敵なアイデア」「振り袖を諦めていた子に希望の光をありがとう」「めちゃくちゃ有難い話」「決まったら、手伝います」「しごはやっ!」など称賛の声が。
「思い立ったら吉日です。ずっと保管されていた着物なので、特に費用がかかるわけでもないし、動きやすかったです。こんなことでお役に立てるなら、という気持ちでした」
海の子学園から電話で連絡がきたのは、メールしたその日。すぐに海の子学園に足を運び、話を進めました。
「連絡するまでは差し出がましいかなぁ、などと思いましたけど、思い切って連絡してみてよかったです。
お話を聞いていくと、施設で育つ子の中には、親からの支援がないこともあり、高価な振袖を借りられるような経済状態ではありません。これまでは、施設の職員さんが振袖を貸して、なんとか凌いでいる状況だったそうです」
施設の職員が用意した振袖となると、もちろん選ぶ余地はありませんでした。「当店の振袖を利用した場合、たくさんの振袖から選べるという点に、特に喜んでいただけたように思いました」。
お互いに前向きですが、現状は2026年成人式での利用希望者はおらず。
「離れて暮らす保護者の方に用意してもらう方もいるようで。でも、2027年の成人式でうちの振袖を着たい、と言ってくれている子は何人かいると聞いています」
来年に関しては、「連絡する時期が遅かったのではないか」と後悔も。「まだ当店の振袖の量には余裕があるので、別の施設で希望の方がおられるなら無料で貸し出しますよ、と海の子学園さんに伝えました」と、関連施設へのオファーも行っています。
振袖をレンタルするお金を稼ぐのは大変
大阪市港区で、2つの児童養護施設(入舟寮・池島寮)と1つの病後児保育施設を運営している海の子学園。児童養護施設には、それぞれの事情により保護者と離れて暮らす子どもたち(2〜18歳)がいます。
きくやから突然「レンタル振袖の無料提供について」のメールを受けたときのことを、「毎年、必ず需要があるので、お話をいただいて、ぜひに!という気持ちでした」と、入舟寮副施設長の芝嵜和美さん。
入舟寮には、これまでもいろいろな形で振袖の支援の話があり、地域の方々の協力を得て実現してきましたが、今回、近隣エリアのお店からの提案ということも、嬉しかったと言います。
高校卒業後、職を得て施設を退所する子もいますが、最近は子どもの状況もさまざまで、大学や専門学校への進学する子も増加。18歳を超えても施設で生活することができるようになっています。
「ただ、進学する子は学費の工面が大変で、奨学金やアルバイトをしなければなりません。また、就職したとしても生活に余裕はありません。約30万円はかかるであろう振袖のレンタル料は、この子たちにとっては大きいお金なのです」
きくやからの提案を子どもたちに話したところ、大喜びだったそうです。
「2027年に成人になる子たちは、今から楽しみにしています。きくやさんには、たくさんの振袖があるので選べるのが嬉しいと話しています。近々、子どもたちと一緒にお店に伺うことも計画しているんです」
「柔軟に動いていきたい」
取材後、きくやには他の施設との連携話も持ち上がっています。しかし、新たな課題について、きくやは思案中とのこと。
「距離が離れている施設の場合は、事前に振袖のワンセットを貸し出してセットや写真、着付はそれぞれでやらざるを得ないかなぁ、なんて思ってます。
余裕がある年は、当店が着付けをできるかもしれませんが、そこもまだ未知数なので…。お約束して迷惑をかける結果になることだけは回避しなくてはなりません」
きくやには振袖自体はたくさんありますが、高価なものゆえ、対面でお受け渡し・お返しができる場合のみの振袖無料レンタルを希望。
「当店に、足をお運びいただいて、振袖を決めて、前日あたりに取りに来ていただいて、返してもらうのが理想的。そうなると、現実的には大阪府内の施設へのレンタル活動になるかなぁと思っています。
はじめようと思い立ったところで、まだ右も左も分からないので、柔軟に動いていこうと考えています」
■呉服のきくやてんちょ X @gofukunokikuya
■呉服のきくやHP https://www.kikuya.shop
■社会福祉法人 海の子学園 HP https://uminoko.org