とある中山間地域に住む佐藤さん(仮名)は、地元の製造業の企業に勤務している父親、スーパーでパート勤務している妻、そして地元の公立高校に通学し、もうすぐ大学受験を控えた娘のノゾミさん(仮名)の親子です。
ノゾミさんの成績は上々で、第一志望校は東京にある私立大学。「マーケティングを学んで、将来は地元の商品を全国に広める仕事がしたい」と話しますが、経済的にとても厳しい状況です。「やっぱり地元の専門学校か、就職にしようかな」と話すのですが、佐藤さん夫妻はとても申し訳ない気持ちでいっぱいだと言います。
想像以上にかかる「スタートライン」への参加費
東京への進学を前提とすると、下宿の手配や初期費用など、地元進学では発生しない支出が一気に増えます。そうした現実を前に、佐藤さんは「大学進学にお金がかかる、ということは、もちろん覚悟していました。しかしそのためのコストは想像を遥かに超えています」と語ります。
ざっと試算すると、以下のようになります。
▽受験前に必要な費用
・受験料 3万円
・受験のための交通費・宿泊費 約20万円
▽合格後の初期費用
・入学金 30万円
・授業料・諸費用(年間) 100万円
・下宿の家賃(月) 8万円
・引っ越し代 10万円
・賃貸の初期費用(敷金・礼金など)/家具家電の購入費など 30万円
受験料と、受験のために上京する交通費・宿泊費。これだけで数十万円が飛びます。
そして合格後、入学金と前期授業料で約80万〜100万円が必要になります。さらに、地方在住者にとって最大のハードルとなる「新生活の初期費用」が重くのしかかってきます。
不動産価格が高騰する都内で、女子学生が安心して住めるセキュリティの整った物件を探せば、家賃は決して安くありません。敷金・礼金、前家賃、共益費、仲介手数料、火災保険、鍵交換費用、引越し代、家具家電の購入費など、全て合わせると契約時には一般的に家賃の5〜6カ月分が必要です。
つまり、入学式の前に「現金で150万円〜200万円」が消えていく計算になります。
「地元に残ればいい」という残酷な選択肢
「そんなにお金がかかるなら、無理して東京に行かなくても、地元に残ればいいじゃないか」と思う人もいるでしょう。確かに、それも一つの選択です。
「大卒の賃金を目指すだけなら地方の国立でもよい」という考え方もありますが、ノゾミさんが目指すのは“地元の商品を全国に広げる”ための最先端マーケティング。都市圏での市場データや企業連携など、実践的な環境は東京の大学のほうが整っています。
また、高卒・専門卒向けの求人票を見ると、選べる職種は介護・小売・建設・工場作業が中心で、企画やマーケティング系の仕事はほとんどありません。大学進学を諦めてこのまま地元で働く場合、ノゾミさんの描くキャリアにつながる道は限られてしまいます。
だからこそ東京の私立大学を目指すことは、地元で力を発揮するための現実的なステップなのです。
さらに深刻なのは、賃金格差と雇用形態です。地元に残った若者の多くが直面するのは、「低賃金」と「非正規雇用」の多さです。
「とりあえず地元で働いて、お金が貯まったら上京すればいい」と思われるかもしれませんが、地方の初任給から生活費を出し、さらに上京資金を貯めるのは至難の業です。一度、留まってしまうと、経済的な理由でそこから抜け出せなくなるのです。
ノゾミさんの「自分の人生は、生まれた場所によって決まってしまうのだ」という、諦めにも似た悟りを、佐藤さん夫妻は感じ取っていました。
「選べない」若者と、加速する地方の衰退
若者が「進学費用が高いから」という理由で地元に残り、希望しない職に就く。これは一見、地元の労働力確保に見えるかもしれません。しかし、長期的には地域の衰退を加速させる「負のループ」です。
▽能力のミスマッチ
意欲ある若者が、その能力を活かせない環境で働くことで、モチベーションと生産性が低下する。
▽イノベーションの欠如
最先端の知見や多様な価値観に触れる機会を奪われた地域からは、新しいビジネスや改革が生まれにくい。
▽さらなる魅力の低下
魅力的な仕事がないため、経済力のある家庭の子どもや、極めて優秀な子どもだけが「脱出」に成功し、二度と地元に戻ってこない。
結果として、地方には「諦めた若者」と「高齢者」だけが残されていく。
自治体がいくら「地方創生」や「UIターン促進」を叫ぼうとも、そもそもの入り口である「教育の機会均等」が崩れている以上、若者が地元に戻ってくるはずがありません。
「自己責任論」を捨て、構造的な支援を
「地方の高校から都市部の大学に進学する場合、生活費や家賃、交通費などで、どうしても数百万円単位のお金がかかります。ネットやSNSでは、「奨学金を借りれば良い」「バイトを掛け持ちすれば良い」「親の努力不足だ」などと言われることもありますが、そもそも、生まれた場所が違うだけで、最初から大きな借金を背負うことが前提になるというのは、大きな課題です。
このような「教育へのアクセス権」における地域格差は、個人や家庭の経済力に頼るだけでは解消されません。現状を変えるためには、以下のような具体的な政策転換が必要だと考えられます。
高等教育の教育費無償化や減免を拡充、「居住費」への補助制度の新設や、居住費を抑えるための公的な学生寮の整備、そして「地元でも学べる」地方大学の機能強化、そこから生まれる産業創出など——これらが地方創生につながるでしょう。
若者が、生まれた場所に関わらず、自分の未来を自由に選択できること。「地元に残る」ことが、諦めではなく、魅力的な選択肢の一つになること。そうした社会構造へ転換することが、明るい地方の未来や、希望ある日本の未来につながると考えます。
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士 身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症Ⅱ型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。