小学校生活の半分以上を中学受験のための勉強に費やし、晴れて進学先が決まると、多くの保護者は安堵の息をつきます。努力が報われ、これからの学校生活が順調に進むことを願う気持ちは誰しも同じです。しかし、期待を胸に迎えた新生活が、思い描いたものとはまったく異なる展開を見せたとしたら…。かつて中学受験塾では常に最上位クラスの「優等生」。いつも上位を走り続けていた子どもが、中学入学後に突然「迷子」になってしまったのか。そんな現実に直面した東京都在住Aさん(40代)の戸惑いは深いものです。小学生時代の輝きが幻のように遠ざかっていく中で、「息子のピークは小学生だったのか」という思いが頭をよぎります。
中学受験で積み重ねた努力と、まさかの「第三希望」
Aさんの息子は、3年間中学受験塾に通い、従兄弟が通っているいわゆる中高一貫校伝統男子校を目指して勉強を続けてきました。「塾が生活の中心になる」日々でしたが、本人は苦にすることもなく、「学校より塾の方が楽しい!」と課せられた大量の宿題も黙々とこなし、クラスは常に最上位、模試の判定もA〜Bが並ぶ安定感。持ち前のキャラクターもあり、塾でもたくさんの友達に恵まれ、楽しい通塾生活を送っていましたし、家族の誰もが第一志望への合格を疑っていませんでした。
しかし結果は、想定外の第三志望(共学校)だけに合格。「なぜ我が子が?何があったの?息子には絶対男子校が合ってると思っていたのに」…Aさんはショックを受けました。短期決戦の中学受験では、結果が出るまでの数日間に心が振り回されることがありますが、Aさんの場合、その余波は長く続きました。食事ものどを通らず、受験終了後も1カ月ほどは心が空洞になったような感覚が続いたと振り返ります。
そんなAさんに、中学受験塾の先生はこう声をかけました。
「上位の学校より、下位の学校でトップにいるほうが楽しいと思いますよ。それにAくんのキャラクターなら、男子校より共学校の方が合うと思います」
その言葉は慰めというより「切り替えの合図」のように聞こえました。当の息子本人はというと、合格発表の翌日にはすでに受験を「過去のイベント」として片付けてしまった様子。第三志望の学校を気に入り、春には胸を張って通学を始めました。
安心していたはずの学力が、まさかの急ブレーキ
「でもこの学校なら…息子の学力なら大丈夫」
Aさんはそう思っていました。偏差値帯としては、息子の持つ偏差値より下に位置する学校だったからです。小学生時代に見せた努力と優秀さがあれば、むしろ余裕を持って中学生活を送れるはず―。そう信じて疑いませんでした。
しかし、最初の定期考査の結果を見て、Aさんは凍りつきました。
順位は学年の下位。どんなに目を凝らしても、記載されている順位は3桁です。
さらに追い打ちをかけるように、担任との三者面談では驚きのひと言が飛び出します。
「この学校へはギリギリで合格したんですね」
Aさんは思わず言葉を失いました。
ギリギリどころか、むしろ滑り止めだったのです。この学校ならと余裕を持って受験した学校だと思っていたからです。小学生時代の模試の偏差値、最上位クラスでの成績、そして努力量。それらを思い返すと、目の前の現実が信じられません。
優等生が一転、学校では問題児扱い?
学力の心配だけではありませんでした。
学校生活にも不穏な影が差し始めます。
小学生の頃、「手のかからない子」と評され、先生からの信頼も厚かった息子。ところが中学では、なぜか教師から注意を受ける場面が増えていきました。授業中の態度、提出物の遅れ、校内で禁止されている場所でキャッチボール。どれも重大な問題ではないものの、Aさんが描いていた「優等生の姿」とは程遠いものばかり。
Aさんは気づき始めます。
小学生時代の真面目さは、親の伴走があってこそ成立していた面が大きかったのかもしれない、と。
中学受験期、彼は走り続けました。しかしその裏側では、Aさんがスケジュールを整え、復習や大量のプリントを管理し、励まし、方向づけていました。中学に入り、
「これからの勉強は本人に任せたほうがいい」
というアドバイスに従い手を離したとたん、息子は急に大海原に放流され、水を得た魚のように、自身のやりたい方向に突き進んでいるのかもしれません。
Aさんが抱いた「息子のピークは小学生だったのか」という不安
中学受験での挫折。その後の学力低迷。自由奔放な問題行動の増加。
Aさんの胸に浮かんだのは、不安と疑問でした。
「息子の優秀さは、小学生のときがピークだったのだろうか」
「これから、この子は大丈夫なのだろうか」
目の前の息子は毎日楽しそうに登校しています。学校を気に入っているし、友人関係も良好。
三者面談では先生に「クラスのムードメーカーです」と言われています。
本人は、自由な環境を得、今の状況を特に深刻に捉えていないようにも見えます。中学受験時に比べるとほとんど勉強をしていません。目の当たりにする自身の成績もお構いなし。それがまたAさんをソワソワさせるのです。
あの努力家だった息子が、まるで別人のように「自由モード」に切り替わってしまったのです。
子どもの伸びる時期は、誰も正確に読めない
Aさんの不安は決して特別ではありません。
小学校時代に優等生だった子が、中学で伸び悩むことは珍しくありませんし、逆に中高で大きく花開く子もいます。成長のタイミングは子どもによって本当に違い、誰にも正確には読めません。
ただひとつ言えるのは、Aさんの息子が「何もできなくなった」のではなく、
「これからどんな大人になるかを、自分のペースで探し始めている時期」だということです。
小学校の「管理された優等生モード」から、中学の「自力で選び取る学び」への移行期であり、そこでつまずくことは、むしろ自然なことかもしれません。
ピークを決めるのは、親でも塾でもない
小学生の頃の輝きが薄れて見えると、つい「ピークだったのでは」と感じてしまいます。しかし、人生のピークは誰かが決めるものではなく、本人の歩みの中で何度でも訪れるものです。
Aさんの息子もまた、今は助走の途中なのかもしれません。
小学校での頑張りが消えるわけではなく、それをどう未来につなげていくかは、これからの本人次第です。
Aさんの、母として見守る不安は尽きませんが、息子の「次のピーク」がどこで訪れるのか、楽しみにできる日がきっと来るはずです。