胸を張る少女、笛を吹く少年-。京都府南丹市美山町の小中学校に、たくましい子どもの彫刻が点在している。校門脇などに立つが、由来を知る人は少ない。
実は、60年前に旧鶴ケ岡小学校(美山町)で教え、後に日展審査員も務めた彫刻家・木代喜司さん(85)=京都市北区=が青年教師の頃、教え子らをモデルに作った。豊かな自然の中、のびのびと育つ子どもへのエールを込めている。
木代さんは東山区出身。慈愛に満ちた人物像を手がけ、日本最大の公募展・日展で特選に2度選ばれた。高校や旧養護学校での美術教師歴も長い。
京都教育大学名誉教授も務める重鎮だが、教師生活の振り出しは旧鶴ケ岡小学校だった。1964年、京都から国鉄バスで3時間かかったという山里に赴任。学校近くに下宿した。
1年目は5年生の担任で慣れない国語や算数の指導に難儀したが、専門も生かした。毎朝、鉛筆での素早い写生「クロッキー」に全員で取り組んだ。
児童が交代で前に立ち、ポーズを決めた。「モデルをよく見て」と助言し、5分ほどで終える。「数をこなすことで美術に親しめる」との思いだった。
新人教師だが「半分は彫刻家」との心意気。時間があれば職員室で粘土をこねていた姿が目に留まり、校舎落成10周年を祝う彫像を夏休みに作るよう、育友会に依頼された。
学級委員だった男児と女児がモデルとなり、腕を高く伸ばしてボールを掲げる姿を木代さんが写生。粘土の原型を型どりし、当時は珍しかった樹脂を流し込んで完成させた。
作品名は「感動」。「みんなで協力し、空に向かっていこう」というメッセージを込めた男女像という。
校門近くに設置されたが、校舎改築後の現在は中庭にある。今夏に訪れた木代さんは、思い出の作品を前に「よく残ってるな、すごいな」と喜びを隠さなかった。
像のモデルになった小畑恵子さん(71)=南丹市=も同行し、60年前の「自分」と対面した。「飾り気なく一直線」な性格で美術の魅力を伝えた木代さんの影響で、絵が好きになったと懐かしんだ。
木代さんは鶴ケ岡小学校で4年間勤め、八幡市の小学校に移った後も、美山からの依頼に応えて制作した。美山小学校には校門脇に堂々とした女児像「強く正しく」、美山中学校には空を見上げる女子像「希望」がある。笛を吹く少年像は旧平屋小学校(南丹市美山町)にあり、在校生がモデルという。
美山暮らしでは「冬には制作中の粘土像が凍ってしまった。表面に氷の華が咲いた」と苦労もあったが、「一生懸命な子が多く、楽しかった」。
離任して60年たつが「力を合わせ、たくましく育ってほしい」との願いを込めた作品は、今なお登下校を見守っている。