雑多屋工房「TORAKICHI」を営む猫の写し絵の女性作家・とらきちさん(42)の描く猫の絵が「精緻で優しい」と話題を集めている。現在は福岡を拠点に、全国の猫関連イベントなどに参加しているとらきちさんには、忘れられない愛猫がいる。その名も「トラ」(オス、18歳7ヶ月で没)。高齢になってからてんかんを患い、3年間の闘病の末、天国へ旅立った子だ。
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トラとの出会いは今から22年前。ダンボールに入れられ、兄妹で捨てられていた。当時20歳だったとらきちさんは、幼い兄妹を「トラ」、「スズ」と名付けて保護主の知人から引き取った。
「それまではずっと犬を飼っていて、猫は初めてだったのですが、2匹とも手のひらに乗るくらいちっちゃくて、毛並みがふわふわで、愛おしかったです」(とらきちさん、以下同)
トラは穏やかで優しい性格だった。「ここにおいでとソファをトントンすると、返事をしながらやってきて、一緒にテレビをみるような子でした。一方、妹のスズは勝気な性格で、私の横に来ようとするトラに、よく猫パンチをしていました。でも兄妹仲良しで、一緒に寄り添って眠る姿にはとても癒されました」
とらきちさんは、デザイン専門学校を卒業後、一時はイラストレーターとして仕事を受注していたが、その後辞めて結婚。トラと出会ったころは「親友」として、結婚してからは「息子」として、トラはいつも寄り添ってくれる存在だった。
14歳でスズが亡くなり、その2年後、トラが16歳になったころ、脳腫瘍が原因のてんかん発作が始まった。
発作の間は意識を失い、倒れた状態で激しく走るように手足をばたつかせた。「発作が起こると、体を傷つけてしまわないよう、周りにクッションを置いて、おさまるまで見守るしかありませんでした」
発作は1日3回起こることもあれば、1ヶ月起きないときもあった。高齢で手術はできないため、症状を薬でコントロールする日々。いつ起こるかわからないため、ひとときも目が離せない。「発作でバタバタっていう音がするたびに、夜、寝ていてもすぐ飛び起きていました」
発作がおさまり、意識を取り戻すと、トラは悲しそうに鳴く。とらきちさんはそんなトラに「大丈夫だよ、がんばったね」と、体をやさしくさすって声をかける。その繰り返しだった。
高齢ながら病気と闘うそんなトラと過ごすうちに「いとおしいトラの姿を記憶に残しておきたい」との思いが募った。そして、長年描いていなかったイラストを、再び描くようになった。
「猫雑貨屋さんになりたいという、猫と暮らし始めてから抱いていた夢を思い出し、最初はスズを、次にトラのイラストを描いて、メモ帳を作ったんですよ」。そのころはコロナ禍がやや落ち着き、街にイベントが戻りつつあった時期。作ったグッズをSNSにアップしたりイベントで販売したりするうち、猫好きの仲間が増えた。
発症から3年後、2022年にトラは18歳7ヶ月で天国へと旅立った。トラを最後の子と決めていたとらきちさんは深刻なペットロスに襲われた。「独身時代からずっと一緒だったので、毎日、泣くか、食べるか、寝るかみたいな感じでした。誕生日にいない、記念日にいない…。『いない』という現実に気づくたびに涙があふれました」
そんな彼女を励ましてくれたのは、SNSやイベントで出会ったたくさんの猫友だった。「病気のこと、看病のこと、互いの愛猫のことなどを話したり聞いたりすることで、すごく救われました。トラは最期まで病と戦い、頑張って生きたのだから、私も負けないように生きなくてはと自分に言い聞かせました」。何度も立ち止まりながら、少しずつ前を向けるようになっていった。
それから、SNSで募集し、許可を得た猫の写真を見ながら、毛1本1本までリアルに写した絵やイラストを数多く描くようになった。「私がスズやトラを愛したように、愛されている猫たちを描きたい」と思ったからだ。
「愛されている猫ちゃんって、すごく優しい目をしているんですよ。私の猫の絵には、よく見ないとわかりませんが、猫の瞳の中に飼い主さんの影を入れています。家族からの愛と、その子が家族へ向ける愛を瞳の中に込めて。そんな優しさを表現できますようにとのおまじないです」
とらきちさんはいま、描いた猫たちをデザインした文具や雑貨などを持って、全国の猫イベントに参加している。「トラを失ったことで心にあいた猫型の穴は、まだ埋まっていない」というが、トラは彼女に、たくさんの猫友との出会いをもたらし、猫作家としての新たな道を切り開いてくれた。「励ましてくれた猫友さんや、全国の猫が大好きな人に会いたい。私の作ったグッズが猫好きさんの生活を彩ることができたら嬉しいです。これからも優しい瞳の猫を描いていきたいですね」と、とらきちさんは話した。
雑多屋工房「TORAKICHI」のインスタグラムは @torakichi_805