Aさんは数週間前に第一子を出産し、今は育児休業の真っ最中です。慣れないことばかりで慌ただしい毎日ですが、かけがえのない時間であることも実感していました。
そんなある日、Aさんのスマホに職場の上司から電話がかかってきました。Aさんが担当していたプロジェクトに関する緊急の問い合わせで、Aさんでなければ分からない内容でした。「育休中なのに」と思いながら、Aさんは自分が休むことで職場に迷惑をかけているという思いもあり、この電話に丁寧に対応しました。
しかし、その日から上司からの連絡は、まるでAさんが出勤しているかのように、当たり前のように届くようになったのです。最初は日中の電話だけでしたが、次第に夜遅くのLINEや、週末のお構いなしの連絡へとエスカレートしていきました。
当初は「自分が我慢すれば丸く収まる」と思って対応していましたが、あまりにも頻度が増えてきて、Aさんも我慢の限界です。これはマタニティハラスメントにあたるのではないかとすら考えています。
育休・産休中の従業員は、会社からの業務連絡にどこまで対応する必要があるのでしょうか。社会保険労務士法人こころ社労士事務所の香川昌彦さんに聞いてみました。
育児休業中の従業員への業務連絡は原則アウト
ー育休・産休中の従業員に、会社が業務の連絡をすることは問題がありますか
法的に問題となる可能性が高いと考えます。育児休業中の従業員への業務連絡は、原則として「アウト」だと考えていただいて間違いありません。
育児休業は、労働者が育児に専念するために法律で保障された権利です。その期間中に会社が頻繁に業務に関する連絡をすることは、その権利を侵害することになりかねません。こうした行為は、いわゆるマタニティハラスメントに該当する可能性も十分にあります。
ー「緊急時」や「簡単な引継ぎ確認」であれば許されるのでしょうか
「その本人にしか分からないこと」といった、本当にやむを得ない事情がある場合の連絡まで、完全に否定されているわけではありません。
ただし、最も重要なのはその頻度です。「あれどうやったっけ?これどうやったっけ?」というような連絡が反復・継続するようであれば、たとえ会社側が「簡単な確認」のつもりでも、それはもう完全に業務指示と見なされます。会社側が「緊急時だから」と安易に判断して連絡を繰り返すことは、絶対に避けるべきでしょう。
ー休業中に業務対応した場合、その時間は「労働時間」とみなされますか
その通りです。たとえ5分や10分といったごく短い時間であっても、会社の指示で業務に対応したのであれば、それは労働時間にあたります。よく「残業代は1分単位で」と言われますが、あれは「1分でも働いたら、その分の賃金を支払いなさい」という意味です。ですから、育休中に対応した時間についても、会社は当然、賃金を支払う義務を負います。
ただし、会社が賃金を支払うと、その従業員が受け取っている育児休業給付金が、場合によっては減額されてしまう可能性があります。これは従業員にとって不利益になりかねません。ですから、会社側は賃金を支払えば良いという単純な話ではなく、安易に連絡をすること自体に大きなリスクがあるということを、しっかり認識しておく必要があります。
◆香川昌彦(かがわ・まさひこ)社会保険労務士/こころ社労士事務所代表
大阪府茨木市を拠点に、就業規則の整備や評価制度の構築、障害者雇用や同一労働同一賃金への対応などを通じて、労使がともに豊かになる職場づくりを力強くサポート。ネットニュース監修や講演実績も豊富でありながら、SNSでは「#ラーメン社労士」として情報発信を行い、親しみやすさも兼ね備えた専門家として信頼を得ている。