人々の記念日を写真にして展示する「写真家浅田政志とつくる“ハレの日”のワンシーン」の撮影が2月、岡山芸術創造劇場ハレノワ(岡山市北区表町)で行われた。「心疾患がある娘の最後の開胸手術から5年。節目を家族で祝いたい」。会場の大劇場で、ある一家の笑顔がはじけた。
「今の表情、いいよ。次、本番いこうか」。全国を訪ねて家族写真を撮る写真家の浅田政志さん(45)=津市=が声をかける。紙吹雪が舞うステージで、親子4人が満面の笑みで叫んだ。「イェーイ!!」
岡山市立吉備小3年の田川和(なごみ)さん(9)は、心臓の左右の心室が入れ替わった先天性の疾患がある。生後13日で血管をつなぐ手術など治療を繰り返し、2歳のときに上半身、3歳で下半身の血流を改善する大手術を行った。
妊娠中に疾患の可能性が分かったという母・文香さん(40)は、「産後すぐに手術になるかもと言われ、悲観する暇はなかった。おなかの中でなるべく大きく育つように、健康に気をつけた」。「元気に生まれると信じていた」と話す父・聖弥さん(38)は出産に立ち会い、「産声を聞いて心底ほっとした」と振り返る。
血中の酸素濃度が低いため、体を動かすとすぐに息が上がっていた和さん。血の巡りが悪く、冬場は手足の指先の色が変わるほど冷えていた。文香さんは手術の前後に泊まりがけで入院に付き添い、久々に自宅に戻った際には、まだ赤ちゃんだった弟の千敬(ちはや)さん(7)に母の顔を忘れられ、警戒し号泣されたこともあった。
聖弥さんと文香さんは「娘には、病気を理由に卑屈になったり、すぐに諦めたりする子にはなってほしくなかった」と話し、神経質になりすぎず、「なるべく普通」を心がけた。親子そろって食事をし、感染症に気をつけつつ児童館や公園に出かけるなど、「どこの家庭にもある当たり前を大切にした」。
和さんは5年前の手術で健康を回復し、現在は友達と外遊びを楽しむなど日常生活に支障はない。手術日である2020年1月8日を「和のもう一つの誕生日」と位置づける一家は、ハレノワの企画で「5回目の誕生日」を祝う場面を演出した。ちょっぴりおしゃれをした和さんが千敬さんを抱きしめ、片手を広げて「5」を示す。文香さんが5を表した模造ケーキを持ち、聖弥さんが紙吹雪を散らす。
撮影した浅田さんは「困難を乗り越えた親子の幸せを凝縮させようと考えた。時とともに味わいが増すのが写真の良さ。自分が出産したときや親が亡くなったとき…。見返して家族の愛をしみじみと感じてもらえる1枚になれば、それ以上の喜びはない」と言う。
「いい写真を撮ってもらえてうれしい。このままずっと元気でいて、またみんなで写したい」と和さん。次は5年後に、「もう一つの誕生日から10周年」の撮影に臨むつもりだ。
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浅田さんは、自身の家族が消防士やロックバンドなどになりきって撮影した写真集「浅田家」で木村伊兵衛写真賞。二宮和也さん主演の映画「浅田家!」(2020年)のモデルとしても知られる。「写真家浅田政志とつくる“ハレの日”のワンシーン」では、田川さん一家のほか「ピアノコンクールで初めてのトロフィーをもらえた」「3姉妹で集まる女子会が次の日の活力」など、さまざまなエピソードを寄せた14組の記念日を演出して撮影した。写真は15~30日、ハレノワギャラリーに展示される。入場無料。14日午後7時から、浅田さんのトークショーがある。問い合わせはハレノワ(086―201―8014)。