滋賀県内で活動する「モーツァルトの手紙を読む会」が、モーツァルトが父レオポルトと交わした書簡を日本語訳した書籍「モーツァルト 父の夢、子の夢」を著した。大津市にあるモーツァルトを冠したバーのマスター、大矢敦さん(66)と知人が月1度、翻訳にいそしみ、3年をかけて出版にこぎつけた。大矢さんによると、モーツァルトと父親の往復書簡に焦点を当てた翻訳本は初めてという。「全ての音楽ファンに読んでほしい1冊」と力を込める。
「ここの心態詞はどんな意味?」
「これは、関係代名詞でいいんやろうか」
コーヒーの香ばしい香りが漂う中、会員たちが、ドイツ語で書かれたモーツァルトの手紙を丁寧に読み解いていく。
会の結成は2015年。会員はいずれも滋賀在住で、「モーツァルト・バー・キール」のマスターの大矢さん、元小学校教員、ドイツ語の大学講師の3人。当初はドイツ語の勉強会として始めたが、モーツァルトの手紙を題材にしたことをきっかけに、モーツァルトとレオポルトの翻訳を活動の中心に据えた。キールを翻訳会場にしていたが、より丁寧に読み解こうと、今は栗東市の会員宅を活動の場にしている。
こうして完成させた書簡集は、モーツァルトが21~23歳の時に職を探すためドイツ・マンハイムやパリを母のマリアと共に旅をした際、故郷のオーストリア・ザルツブルクに残るレオポルトと交わした手紙を会話形式に編集した。解説やイラストも載せ、親子のデュオドラマ(2人だけの対話劇)に仕立てた。
旅先での淡い初恋や、母との死別など、青年期を迎えた天才作曲家の心の機微が手に取るように分かる内容となっている。
最大の特長は、レオポルトの手紙を翻訳した点だ。これまで訳される機会が少なかったが、モーツァルトの生涯を読み解く上で重要な役割を果たしていると、大矢さんは見る。絶対的な信頼を置いていた父親との共依存状態を経て、やがてすれ違っていくやりとりを通して、「親子問題を考えてもらいたい」と話す。
同書によると、父子の手紙がほぼ完全な形で残るのは、マンハイム=パリ旅行のみ。モーツァルトが後半生を過ごしたウィーンでも手紙のやりとりはあったが、父親の手紙は散逸してしまったという。本人または他の誰かが処分したのか、真相は分かっていないそうだ。
大矢さんは、35歳の頃、友人の勧めでモーツァルトの音楽に心酔し、あらゆるジャンルをそつなくこなす才能に魅了された。県内の高校で英語の教師をしていたが、モーツァルトと彼に関連する文化を発信したいという思いに駆られ、2004年、46歳でキールをオープンさせた。
開店当初から「静かにモーツァルトを聴く会」も月1度開き、時事問題や、大矢さんが読んだ本に関連する曲を選んで聴いている。
大矢さんは、第2弾の構想を日々の生活や活動から練っていくつもりだ。「自分にしか書けないものだから出版する値打ちがある」と今後を見据える。音楽之友社刊。216ページ、2750円。