2023年8月24日、日本が福島第一原発の処理水放出を開始し、中国がそれを理由に日本産水産物の全面輸入停止に踏み切ってから1年が経った。処理水放出について国際原子力機関は安全基準を満たしているとの報告書を公表しており、多くの国々も問題にしておらず、日本は科学的根拠がないと中国側に輸入停止の即時撤廃を求めている。しかし、中国は衛生上の安全を理由に解除する姿勢は一切示していない。では、解除に応じない中国の思惑はどこにあるのだろうか。
まず、我々はこの問題を米中間での半導体覇権競争の延長上で捉える必要がある。米中間で先端技術をめぐる対立が激化する中、バイデン政権は2022年10月、中国が先端半導体を駆使して軍のハイテク化を狙っていることを警戒し、先端半導体分野で大規模な輸出規制を開始した。しかし、グローバルサプライチェーンが複雑化する中、米国のみでは中国による先端半導体の軍事転用を防止できないと危機感を抱くバイデン政権は昨年1月、先端半導体の製造装置で高い技術力を誇る日本とオランダに対して同規制に加わるよう要請し、日本は同装置など23品目を輸出規制の対象に加え、中国への輸出規制を事実上開始した。しかし、米国による先端技術分野での対中規制に不満を強める習政権は、日本が米国と共同歩調を取ることにも不満を強めている。
日本が対中輸出規制を開始した直後、中国は日本がその多くを依存し、半導体の材料となる希少金属ガリウム、ゲルマニウム関連製品の輸出規制を強化し、輸出する業者は事前に許可申請をすることが義務付けられた。そして、中国は福島第一原発の処理水放出という理由を利用する形で全面輸入停止に踏み切ったと考えられ、中国側の対日不満が根底にある。
また、中国にとって、日本産水産物は経済的威圧の対象になるという背景もあろう。たとえば、軍の近代化を目指す習政権にとって先端半導体やAI技術はなくてはならない必需品になり、貿易規制の対象にすれば自滅行為になる可能性が高い。しかし、日本産水産物は自国で漁獲量を増やす、他国からの輸入で賄うなどすればそれほど大きなダメージはなく、中国としては代替手段の確保が可能であり、むしろ日本にとって厳しいものになるとの判断で輸入停止となったことが考えられよう。
さらに、国民向けのアピールとも捉えられよう。近年、中国の経済成長率は勢いを失い、不動産バブルの崩壊や若年層の高い失業率など、習政権は多くの経済的難題に直面している。国民の共産党政権への不満も強まっていると考えられ、習政権としては国民の不満をなるべく緩和させる必要がある。そのような状況で、海洋放出された処理水から国民の安全と衛生を守るとして、日本産水産物を全面的に停止するとの決断は、国民向けにアピールするための材料になろう。