高齢者の危険運転事故が年々増加していることから、「免許を返納するべき」という声が多くあがっています。一方で、返納に踏み切れない高齢者の事情もあるようです。関西で山間部でひとり暮らしをしている80代の父親を持つAさん(50代男性)も、父親の免許返納に悩むひとりでした。
Aさんは東京の都心部で働きながら、妻や子どもと暮らしています。高齢である父親の運転を心配しながらも、遠方で頻繁に様子を見ることができないため、免許の返納が先延ばしになっていました。
ある日、Aさんは帰省した際に父親の運転する車の助手席に乗ります。Aさんの父親の運転は、なぜかやたらと左に寄って走行しており、危うく歩道に乗り上げるほどでした。この運転に恐怖を感じたAさんは父親に問いただしたところ、なんと自覚は全くなかったのです。
不審に思ったAさんは、父親と仲の良い知人に話を聞いてみました。すると知人とAさんの父親が一緒にゴルフに行った際にも同様の症状があったことが分かります。
そこでAさんは父親に免許返納について相談しましたが、父親は田舎でひとり暮らしをしているため、車がなければ食品や日用品も購入できないと反論します。
Aさん自身も父親が暮らす土地の不便さは良く分かっている上、自宅が遠方でサポートもできないため、免許返納を説得しきれませんでした。Aさんは今も、万が一事故を起こしたらと思うと心配で、葛藤の日々を送っているそうです。
◇ ◇
Aさんの父親のように免許返納に踏み切れないケースもあるなか、免許返納にかかわる困難な決断をした家族も存在します。その決断をしたのは、郊外で一人暮らしをする80代の父親を持つBさん(40代後半男性)でした。
Bさんは都心で会社員として働き、持ち家で妻とともに都心で暮らしています。そんなBさんが実家に帰省していたある日、朝に目を覚ますと家に父親がいないことに気付きました。どこにいったのかとあわてて探すと、少し離れた山で父親の軽トラを発見します。
Bさんが軽トラに駆け寄ると、父親は軽トラ近くでタケノコ掘りをしていたのです。しかしタケノコ掘りのシーズンでなかったことや、父親がパジャマ姿だったことから、Bさんは父親が認知症になったのではないかと疑います。
後日父親は検査で認知に問題はないことが分かりました。一旦安心はしたものの、シーズンではない山でタケノコを探すパジャマ姿の父親への心配から、Bさんは父親との同居を考え始めました。
同居と平行してBさんは父親の免許返納も考えました。しかし、バスが1時間に1本しか来ない町で暮らすには、生活必需品を買うだけでも車が必要だという現実から、父親と一緒に暮らす人がいない限りは免許を手放すことは不可能だと思い直します。
そのため、父親が車の運転で他人に迷惑をかけてしまう前に同居できるように、Bさんは行動を開始しました。
さっそくBさんは地元の友人に相談したところ、幸運にも彼が営む店舗で働けることになりました。またBさんの妻とBさんの父も関係が良好だったこともあり、Bさんは実家に生活拠点を移し、父親の免許返納も無事完了させたのです。
この決断についてBさんは「たまたま仕事の斡旋や妻の理解があっただけで、私は本当にラッキーだったと思う」と語っていました。
◇ ◇
地域によっては公共交通機関が限られ、バスも電車も通っていない場合があります。すると移動手段が自転車やシニアカー、タクシー程度しかなくなってしまうことが、免許返納にまつわる大きな問題になっています。暮らしを支える交通の仕組みをみんなで考えていかねばなりません。