歌舞伎界の名門である松嶋屋に生まれた俳優・片岡千之助。祖父は人間国宝である十五代目片岡仁左衛門、父も歌舞伎俳優の片岡孝太郎という名家だ。2024年は「わたくしどもは。」、そして6月21日に「九十歳。何がめでたい」と、出演映画2作品が立て続けに公開される。「映像のお仕事をすごくやりたいと思っている」と語った千之助の胸の内に迫る。
祖父・父がお世話になったレジェンドたちとの共演
「九十歳。何がめでたい」は、100歳になる直木賞作家・佐藤愛子のエッセイを、90歳の草笛光子が主演。千之助は、草笛演じる作家・佐藤愛子の担当編集者だった今どきの若手社員・水野秀一郎を演じる。
3歳の初お披露目から歌舞伎の世界で英才教育を受けてきた千之助だが、ずっと映像の仕事には興味を持っていたという。本作のオファーには運命的なものを感じた。
「主演の草笛さんは、祖父も父もお世話になっている大先輩ですし、3代に渡って関わらせていただけるなんて、光栄ですごく繋がりを感じました。レジェンドでありながら草笛さんはとても気さくで。お会いしたとき『あなたは孫? 息子?』みたいに話しかけてくださって。多分時系列的には祖父との思い出を言っていたのかなと思って『孫です』なんて話をさせていただきました」
千之助演じる水野のあとに佐藤の担当編集者となった吉川真也を演じた唐沢寿明との共演も感激だったという。
「唐沢さんが主演を務めた『白い巨塔』に父が出演しており、現場にも遊びに行ったことがあったんです。放送当時はまだ3歳だったので、記憶には残っていないと思うのですが、加古隆さんの曲がすごく頭に残っていて、大きくなってから作品をあらためて拝見し、唐沢さんの熱演にものすごく衝撃を受けたんです。いつかこんな俳優さんになりたいと憧れの存在でした」
そこから映像作品だけではなく、舞台など唐沢の作品を数多く観たという千之助。そんな憧れの存在と映像の仕事を始めた早い機会で共演することになった。
「夢だった方といきなり共演することになってしまって…。正直、ちょっと早いのではという思いもありました。もっと俳優として成長してからお会いしたかったという気持ちだったのですが、いろいろ勉強させていただこうという思いで撮影に臨みました」
人間国宝の祖父からの言葉を胸に……
歌舞伎俳優として日々邁進する中、なぜ映像の仕事をやりたいという思いに駆られたのだろうか。
「友達が映像の仕事をしている人が多く、表現の話をしているうちに一緒にやってみたいなと思う気持ちが強くなったんです。いざやってみると、全然正解が分からない。歌舞伎とは感覚が全く違いますし、作り方も違う。良いのか悪いのかすら分からない(笑)。元々正解がない世界だと思うのですが、そのなかで何かつかめるものがあれば、表現の世界で生きていくうえで大きな経験になると思ったんです」
何から何まで違うという歌舞伎と映像の世界。それでも、元をたどれば“表現”という部分でクロスしているという実感があるという。人間国宝である祖父・十三代目片岡仁左衛門から伝えられた言葉が千之助の心にいつも残っているという。
「祖父は常々、一つの役があったとき、役を演じるのではなく、役の心になりなさいと話していました。ただ演じるのではなく、その人の心を理解して、その人になり切らなければいけないというのは、歌舞伎でも映像でも同じなんだなと実感しています」
本作で千之助が演じている水野は、うまく行かないことがあると割り切ってすぐに次に行ってしまう、コスパ、タイパを重視するような若者だ。伝統芸能ファミリーの千之助とは真逆のキャラクターだ。祖父の言葉通りの役作りはできたのだろうか。
「かなり苦労しました(笑)。前田哲監督からは『もっと軽やかに』と演出を受けたのですが、先輩に対する態度を含めて、なかなか理解するのは難しかったです。この作品は古き良き…みたいなことを伝えている中で、その逆を行っている人間だったので。そのなかで、撮影当時23歳だったのですが、大学の同級生とかはみんな社会人になっていたので、彼らの考え方などを聞いて、しっかり寄り添うようにシンクロさせていきました」
俳優界のレジェンド、憧れの先輩との共演は「夢のような時間だった」(千之助)。出来上がった作品について「水野のようになんでも割り切ってしまうデジタル人間でも、昔の生き方や考え方から学ぶことは多いというメッセージが込められています。歌舞伎ではないですが、昔のことを大事にしながら、今の時代をちゃんと見て、また後世に受け継ぐということの大切さを感じて欲しいです」とメッセージを伝えた。
映画『九十歳。何がめでたい』は6月21日より全国ロードショー