「カフェで働いてみたかったからうれしい」。
当たり前の言葉に聞こえるかもしれませんが、この言葉がダウン症の女の子がカフェでの仕事体験後の言葉と知ったら、どのように印象が変わるでしょうか?
健常者であれば憧れの職場への採用募集に条件次第でチャレンジしますが、ダウン症のある若者の場合、「働きたい」「自分でお金を稼ぎたい」と考えても応募する前に諦めてしまいます。
ダウン症のある若者たちの就業を支援しているのが、社団法人IKKAの代表理事久保雅美さん。本人にとって「夢」と思えることを実現できるように活動する背景を取材しました。
「働いたらお金をもらえる」ことを知らない子も
保育園でアルバイトするダウン症の娘がいる久保さんは、出産前に福祉の現場で働いていた経験から、成長するにつれ、障害児とその保護者を支える体制が十分ではないことを痛切に感じていました。
「学校の特別支援級や特別支援学校に通う高校生までは、ダウン症のある子の居場所はあります。でも、卒業後はどうなるのか?就労となると、どんなところで働くのか?も考えなくてはいけないし、ひとりで電車バスを利用することも視野に入れなくてはいけません。でも、それらをいきなり求めることは難しいんです」と話します。
IKKAは、大人になったら、どうしたらいいの?と不安になるダウン症の親子をサポートしなくては、との思いから2018年に活動スタート。ダウン症のある人とその家族の「まなぶ」「はたらく」「くらす」を支えることを主軸とし、ダウン症のある高校生以上の人たちの職業体験『ダウンインターン』、ダウン症のある中学生以上の人たちの就労体験『ダウンボランティア』を提供しています。
「体験や経験が圧倒的に少なくて、働いたら、お金を稼げるんだ!ということを知らない子もいるんです。そこを実感してもらいます」。
活動で何よりも大切にしていることのひとつは、本人が自分で決められるように支援すること。そのためにワークショップ「MIRAI MAP講座」などを開催し、キャリア教育を行っています。
「働く場所、いっしょに働く仲間、仕事内容など、選び方だっていろいろあります。それも自分の意志。自分自身でやりたいことを選ぶ人生を送って欲しい」と、久保さん。先述の「カフェで働いてみたかったからうれしい」という言葉を聞いて、応援したい気持ちがより一層強まったと言います。
障害者の就労支援に力を入れる企業探しも行っており、「ファミレスを利用した際、フロアに立つ人が少なくて、お皿が残ったままのテーブルを見ると、こういうところで働けるのでは?と思ったりします」。今後もマッチングに取り組み、目指すのは「働く場の選択肢」を増やしていくことです。
ダウン症の子の夢をあきらめさせているのは、実は…
しかし、実現するためには本人の意思、企業などの受け入れだけでは実現できず、重要なことがもう一つあります。
「作業所でクッキーを作っているけど、本当はガソリンスタンドで働きたい」「一人暮らしをしてみたい」と希望を口にしても、「お母さんにダメって言われたから」「そんなの無理でしょ、と聞いてもらえなかった」とあきらめる若者たちを過去に見聞きしてきた久保さん。
「本人に成長したいという意欲があっても、親御さんが心配で止めること、多いです。親御さんはいつまでも子どもだと思って接するし、なにかあって迷惑をかけてはいけないとも考えている。その結果、手を離したくない、自分の目の届く範囲で生活して欲しいと思ってしまう。でも、子離れが必要なんです」。親離れ子離れができないと、8050問題(80代の親が50代の子どもを支える)を招くことになると訴えます。
「中学生以降の親同士が繋がる場がなかなかないのが現状なのですが、成長すると小さい時の悩みとは別の悩みが出てきます。早いうちから、どんなことをしておけばいいのか知っておくと心強い」と考え、ダウン症のある子を育てている保護者が我が子ではないダウン症のある人をサポートする仕組みを作りました。
共働き家庭も増えているので、保護者のどちらかが仕事を辞めることのない支援体制も喫緊の課題です。「勤務時間が短いダウン症の子の職場への送迎は、共働き家庭の親御さんだけでは難しいんです。親御さんが仕事を辞めることなく、働き続けられるサポートをしなくては。親は家族だけで抱えがちですが、みんなで助け合いたい」と話します。
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ダウン症(ダウン症候群)は、21番目の染色体が1本多く存在する先天的な疾患。日本ダウン症協会では「病気ではなく、生まれつきの特性(性格や体質のようなもの)の一つと考えたほうがいいと思います」と記し、発達は全般的にゆっくりで、心臓の病気や視覚・聴覚の病気などを発症することも。知的発達の面では3歳~11歳ぐらい程度(個人によって異なります)といわれ、合併症の有無など一人ひとり異なり、自分の意志で動ける人もいれば、介護が必要な人もいます。そのため、ダウン症という言葉で一括りにするのは難しいという側面があります。
公益財団法人日本ダウン症協会の「ともに生きる親の主観的幸福度に関する調査 報告書」(調査期間は、2020年7月10日〜7月31日、回答1581通)によると、就労可能年齢で働いているのは約8人に1人。成人段階で、一般就労できるのは0.8%、一般企業への障害者枠での就労は3.1%です。そして、多い就労継続B型は25.2%ですが、令和3年度の平均工賃は月額16507円、時間額にすると平均233円です。
そんな状況のなかで、「ダウン症のある人への生活支援はあっても、夢をサポートする制度は少ないから、IKKAでは夢をサポートします。“こんなことしたい”を“そんなのできっこない”ではなく、“やってみようよ”と寄り添いたい」と活動への思いを語る久保さんは、最後をこの言葉で締め括りました。
「夢は叶えば、また新しい夢が出てきます。ずっと夢を持ち続けて、本人なりの幸せを感じて欲しい」。
■まさみ|社会福祉士×コーチ×ダウン症者の母 X @masami_okaachan
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