故人が残した「不動産を特定の相続人に相続させたい」「法定相続人以外にも財産を遺贈したい」などの思いを実現するには遺言書が必要です。しかし、一般人が遺言書を作成しようとしても書き方が分からないため、専門家に依頼するケースも少なくありません。けれど専門家に依頼したからといって必ずしも安心できるとは限らないようです。
先日亡くなった70代の男性Aさんは、専門家に相談して遺言書を遺していました。Aさんには妻との間に、50代の長男と40代の長女がいます。またAさんは長らく農家を営んでおり、農地を含む不動産を所有していました。
生前、自身の財産をどのように相続させるか悩んでいたAさんは、相続税に詳しいと謳っていた税理士に遺言書の作成を依頼します。Aさんは遺言書で長男の息子(20代)に不動産を相続させる意思を遺言書に記すことを提案しました。理由は、長男が会社員であり農家を継ぐ意思がなかったことと、いずれ長男の息子が後を継いでくれることをAさんが期待していたからです。
Aさんの死後、遺言書の記述通りに相続が行われようとしたのですが、そこで思わぬことが起こります。農地の所有権を移転する場合、農地法第3条の規定により農業委員会の許可が必要なのですが、今回のケースでは農地の遺贈が『特定遺贈』となり、一定の条件を満たさないと許可されません。そして今回長男の息子は「取得後の農地すべてについて耕作すること」や「必要な農作業に常時従事すること」など、すぐには満たせない要件があったため許可が下りませんでした。遺贈先が法定相続人であれば許可は不要だったのですが、長男の息子はAさんの孫にあたるため、法定相続人ではなかったため今回のトラブルが発生したようです。
この結果を受けて長男はAさんの意思を汲んで、いずれ息子が農地を相続できるように、まずは自分が農地を相続しようとしました。しかしここでさらなるトラブルが発生します。なんと長女から「長男が相続するなら自分にも取り分が欲しい」という意見が出たのです。こうして兄妹は農地を巡って相続争いをすることになってしまうのでした。
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Aさんのケースのように、専門家が遺言書を作成しても相続争いに発展してしまうケースは多いのでしょうか。またこのようなケースの対策はどうするべきでしょうか。北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞きました。
遺言書…作った時点では問題点が見つかりにくく
――専門家に遺言書を依頼してもトラブルにつながることがあるのでしょうか?
はい、ありうると考えます。今回のケースでいえば、依頼された税理士さんは相続税には詳しいものの農地法がかかわる相続手続きに関しては経験が乏しかったのかもしれません。農地の件に限らず、個々の事情が絡んでくるので不慣れな分野では専門家が指導を誤る可能性は十分にあります。遺言書でやっかいなのは、作った時点では問題点が見つかりにくく、相続手続きの段階で初めて問題が判明するという点かもしれません。
――どのような遺言書を作成するべきだったのでしょうか?
例えば自分の財産の3分の1を孫に遺贈するというように財産を特定しない『包括遺贈』として孫に遺贈するとか、孫と養子縁組をしておくなど手立てを講じていればトラブルにならなかったでしょう。
――遺言作成を依頼する場合、どんな専門家を選ぶべきですか?
これまでにどれだけの遺言書を作成してきたかの作成件数というよりも、どれだけの遺言の執行経験があるかが目安になります。複雑な事情が絡んでくる相続の場面をより多く乗り越えたベテラン専門家の方が、対処方法を熟知しているはずです。
――逆に避けた方がいい専門家を見分ける方法はありますか?
まずホームページなどに掲載されている経歴は必ずチェックしましょう。ホームページで過去の取扱件数や実務経験年数の記述の無い人は注意した方がいいです。また遺言・相続以外の業務を前面に出している人は、前面に出している業務を優先しており、相続関係の経験値が少ないだろうと予想されます。最終的には実際に相談をしてみて、遺言者の考えを実現する方法を一緒に考える姿勢を感じなければ、ほかを当たることをおすすめします。
◆松尾武将(まつおたけまさ)/行政書士
前職の信託銀行員時代に1,000件以上の遺言・相続手続きを担当し、3,000件以上の相談に携わる。2022年に北摂パートナーズ事務所を開所し、相続手続き、法定相続人の手続き支援に携わるとともに、同じ道を目指す行政書士の指導にも関わっている。