「そのぐらい芝居で見せますよ」 27歳の杉本哲太を貫いた名優の言葉 「三國連太郎さんのあの言葉は忘れない」

磯部 正和 磯部 正和

 映画、ドラマと出演作は枚挙にいとまがない俳優の杉本哲太。緩急そして変幻自在なキャラクター作りは、映像界には欠かせない存在だ。最新作映画『マッチング』(2月23日公開)でも、土屋太鳳演じる主人公・輪花の父親を奥行きある芝居で好演。俳優生活も40年以上となるが、転機は名優・三國連太郎さんから掛けられた言葉だという。

20代前半は「どこか中途半端な気持ちだった」

 1981年にロックバンド紅麗威甦(グリース) のボーカル兼ギターとしてデビューした杉本。同時に俳優としてのキャリアをスタートさせる。映画初出演となった『白蛇抄』で日本アカデミー賞新人賞を受賞するなど、コンスタントに出演作が続いていたが、転機は27歳で出演した熊井啓監督の『ひかりごけ』だった。

 杉本は、太平洋戦争中の北海道・知床半島沖で遭難した船の乗組員の一人・五郎を演じた。その船に乗っていた3人は三國連太郎さん、田中邦衛さん、奥田瑛二と名優ぞろい。船が遭難して極限の状態に追い込まれ、日に日にやつれていく役を演じた杉本は、役作りのために食べないようにしていたという。

 ある日の撮影が終わり、キャストらが食事に行くことになり、事情を説明した杉本に三國がニヤッと笑ってこう告げたという。「私は食べますよ。それは芝居で表現しますから」。

 三國の言葉は杉本には強烈だった。「格好いいなって思ったんです。確かに人殺しの役をやるから人を殺すわけじゃない。『そのぐらい芝居で見せますよ』ということなんですよね。いまでもあのときの三國さんの言葉は忘れないです」。

 さらに杉本は「それまで別に役者という仕事を舐めていたわけではないのですが、どこか中途半端な気持ちだった気がします」と語ると「三國さん、邦衛さん、奥田さんとガッツリご一緒して『生半可な気持ちで続ける仕事ではない』と気づかされました」と気を引き締めたという。

若い才能から常に吸収

 20代前半はトレンディードラマに出演したいと思っていた杉本。テレビ局に売り込んだものの、色よい返事は得られなかったが、『ひかりごけ』で三國と出会い、役者という仕事に変化をもたらしたという。

 「初めてトレンディードラマというジャンルの作品に参加したのも、『ひかりごけ』の撮影が終わったあとでした。本木雅弘さんが主演の『最高の片想い WHITE LOVE STORY』というドラマでした。やっぱり、いろいろなことがこのころから良い方に転換していった気がします」

 その後も先輩俳優から金言を受ける機会が多かった杉本。その都度「いまのままではダメだ」と自分を見つめ直したという。50代後半になり、共演者はもちろん、監督をはじめとしたスタッフも年下が多い現場になった。

 「僕は18歳のときに初めて映画の世界に飛び込んだのですが、その当時はカメラの前にディレクターズチェアーを置いて監督が僕らの芝居を見ている。圧もありましたし、スタッフさんも強面の方が多く、いつもビビりながら撮影所に行っていました。いまの若い子たちはみんな礼儀正しくていい子たちばかり。器用だしプロフェッショナルですごい」

 だからこそ「僕も常に吸収していかないとだめですよね」と。「どんどん若い子たちが出てくるし、芝居も意識もこちらが昔ながらの凝り固まったものでいると、それが出てしまう。芝居が古いなんて言われたら、呼んでもらえないじゃないですか。だから常に新鮮な気持ちで、細胞を活性化させないとね」。

 表現の巧みさはもちろん進取のマインド。これが引っ張りだこの理由なのかもしれない。

 映画『マッチング』は2月23日より全国ロードショー

スタイリング:壽村 太一、ヘアメイク:池田 ユリ (eclat)

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