「お前はもう担いでいる」ケンシロウが京都の街なかに?安西先生も?謎のポスターを貼ったのは誰だ!

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 「お前はもう担いでいる」。京都市内を散歩していると、さわやかな頭をした男性が、漫画「北斗の拳」風のいでたちで、意味がよく飲み込めないコメントをしているポスターに目を奪われ、立ち止まった。

 もう担いでいるとは、一体、何を。そもそも何を訴えたいのか。チラシに載っている番号に電話してみた。

 つながったのは、上京区の大将軍八神社。神社の紹介パンフレットから引用すると、平安遷都の際、桓武天皇の勅願で奈良の春日山麓から大将軍神を平安京大内裏の北西角(陰陽道の天門)の場所に勧請(かんじょう)し、国の繁栄を祈ったのが始まりという。実に、1200年以上の歴史を持つ由緒正しき神社だ。祭神の大将軍神は方位をつかさどる星神で、星神の方位を犯すと厳しいとがめを受けるとされ、恐れられてきた。同時に、さまざまな厄災から人々を守る神として信仰されてきた。

 神社とくれば、もうお分かりかもしれないので、あっさり明かしてしまうと「担ぐ」のは神輿(みこし)だ。10月15日の「天門祭」で巡幸した神輿の担ぎ手を募っていたのだという。

  10月3日の夜、同神社で神輿を担ぐ練習があるというので訪ねた。

 同神社敬神会の神輿会の若手でつくる若中会長の谷村裕作さん(43)が気さくに迎えてくれた。なんでああいうポスターを?「怖くないよ、楽しいよ、と伝えるためです」と笑う。

 確かに、神輿というと、こわもての年配者が軍隊式で指導するイメージもある。数年前からくだけた雰囲気のデザインにし、今年は完全に振り切った。

 「お前はもう担いでいる」は、言わずもがな、「北斗の拳」の主人公ケンシロウのせりふ「お前はもう死んでいる」のオマージュ。ケンシロウの胸の傷が北斗七星に似ていることから、同神社の「星神」とかけて選んだ。意外にもちゃんと意味があった。

 「担がなければそこで試合終了ですよ…?」というパターンもある。バスケ漫画の金字塔「スラムダンク」で安西先生が放つ名せりふをもじっている。映画「THE FIRST SLAM DUNK」の爆発的ヒットにあやかった。こちらも印象的な風貌の男性が、安西先生さながらの温かな表情を浮かべており、インパクト十分だ。

 「記事にせんといてほしい…」といった声も上がるほど攻めまくったチラシは、ユニークなPRが必要という思いから発案された。

 1トンほどの神輿を数キロ巡幸するため、安全性の観点から多くの担ぎ手が必要だ。天門祭では例年150~180人で担ぐ。だが、近年は新型コロナウイルス禍で祭りの縮小などもあり、人が神輿を担ぐのは4年ぶりだ。モチベーションの低下も予測され、必要最低限とされる「150人」のラインを下回る不安もあったという。 

 肝心のポスター効果について谷村さんは「そんなにない。京都新聞が取材に来たことが最大かも」と笑い飛ばしつつ、ポスターで関心を持った人がわずかでも集まってくれたならばありがたいという。

 現状では担ぎ手がすぐさま大幅に足りなくなるような危機的状況にはないが、将来への懸念はくすぶる。地元住民は高齢化し、新たに流入してきた人はマンションなどに暮らし、自治会に入らない人もいるためだ。神輿会長の伊藤昌明さん(52)は「担ぎ手が減っていくのは目に見えている。アピールを続けていかないといけない。少しでも新しい人が来るのが大事」と語る。

 他の地域はどうなのだろう。上京区の御霊神社(上御霊神社)理事で、今出川口神輿会相談役の大川眞さん(70)によると、例年200人程の担ぎ手が集い、困ってはいないそうだ。京都の神輿会というと、地縁、血縁がないと入れなさそうな先入観もあるが、同会では広く門戸を開けている。神社周辺は「出町」と呼ばれるように、福井県からサバを運ぶ「鯖(さば)街道」の終着点。絶えず出入りがあり、来るもの拒まずの気風があるという。

 他地域の神輿巡幸を手伝えば、その地域の神輿会の人が今度は担ぎに来てくれる相互扶助の信頼関係も築いており、当面の心配はなさそう。大川さんは「担ぎ手は常に募っており、今後も門戸を開いていく」と話す。

 オープンなところがあれば、内向きな地域もある。市内のある神輿会長(57)はよそから来る担ぎ手の協力を喜んでいるが、会の内部には「外から来るのをこころよく思わない高齢者が一部にいる」と指摘する。「神輿巡幸を巡る世代間対立はどこにでもあると思う。ムラ社会的なところがまだある」と声を潜めつつ、「氏子だけで担ぐのは厳しい」と漏らし、発想を切り替えていく必要性を説く。

 もちろん、担ぎ手を氏子に限り、担げなくなったならばそれもやむなしと神輿巡幸を取りやめるのも見識だ。だが、神輿巡幸は、「一体感、高揚感、達成感がすごい。地域コミュニティーの維持にも生きる」(大川さん)と言われる。地域の高齢化が進むのは確実なだけに、一見さんも温かく迎え入れる姿勢は今後、重要性を増すだろう。

 大将軍八神社の若中会のように、ユーモアのある発信で、高そうに見える参加のハードルを下げる工夫も大事だ。メンバーは地元の運動会で例の募集チラシを配ったという。「すごいやろ」「アウトやな」「あそこの神社、何やってんねんって言われるわ」。楽しげな笑いが境内に響いた。 

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