11月10日に公開の映画「花腐し」。2000年上半期に芥川賞を受賞した松浦寿輝の同名の小説を映画化したもので、主演をつとめるのが今年年頭に女優・佐久間由衣と結婚した綾野剛である。
「綾野」という名字は全国ランキングで6000位台。珍しい名字というわけではないが、見たことがない人も多いだろう。というのも、全国の4割近くが香川県にあり、次いで倉敷市など瀬戸内海を挟んだ対岸の岡山県南部に集中しているからだ。
つまり、「綾野」は香川県の名字ということができる。この2県以外の地域ではかなり少なく、東日本や九州では極めて珍しい名字となっている。綾野剛の出身地である岐阜県でも「綾野」という名字はほとんどない。
さて、香川県の名字ともいえる「綾野」のルーツは古い。
古代、讃岐国に綾氏という古代豪族がいた。この末裔が、名乗りの「の」の部分までを名字として取り込んだのが「綾野」のルーツと考えられる。
綾氏は讃岐国阿野郡阿野(現在の香川県綾歌郡綾川町綾)の地名に因む一族で、景行天皇の皇子日本武尊(やまとたけるのみこと)の子武卵王の子孫と伝えるが、渡来人系との説もある。
古代は阿野郡の郡司をつとめ、平安時代には在庁官人(土着の地方官僚)として讃岐国に大きな勢力を持っていた。
平安時代末期には、綾貞宣の娘が鳥羽上皇の寵臣である讃岐国守藤原家成に召されて章隆を産んだという。すると章隆以後は綾氏よりも名門である「藤原氏」の名を名乗って讃岐藤原氏と称し、子孫は讃岐国一円に広がった。
香川県にある、「羽床」「新居」「香西」「福家(ふけ)」「大野」「三野」といった名字は、この讃岐藤原氏の子孫である。
さて、平安時代以前の人物は、源頼朝(みなもと・の・よりとも)、平清盛(たいら・の・きよもり)のように、姓と名の間に「の」を入れてよんだ。従って、古代の綾氏の一族は「綾」の後ろに「の」を入れて「あやの~」と名乗っていたはずだ。
鎌倉時代以降、名字が広く使われるようになると、本来は姓名間のつなぎの部分である「の」までを含んだ「あやの」全体が名字となり、これに「綾野」と漢字をあてたのが由来だろう。
因みに、「綾」の他、「綾井」「綾田」なども香川県に集中している。