お菓子を作ってみたいけど、なんだか難しそう。そんな“やってみたい”をかなえる教室を、岡山県玉野市の元パティシエ児島沙彩さん(27)が開いている。その名も「おしえないお菓子教室」。初心者はもちろん、0歳から誰でも参加できるとあって、小さな子どもを中心に人気を集めている。
木のさじをぎゅっと握りしめた1歳の女の子。ビーカーに入った小麦粉をゆっくりとすくい、計量器の上の容器にパラパラと落としていく。「もういいよ。ありがとう」。児島さんが優しく声をかけると、ぱっと顔を輝かせた。
6月下旬。岡山市の民家を訪ねると、1~3歳の女の子3人と30代の母親が、口の中でほろほろと溶けるような食感の、スペインの伝統焼き菓子「ポルボロン」作りに挑戦していた。机の上にあるのは材料と調理器具。レシピは見当たらない。児島さんがさりげなく手順や分量を伝え、サポートする。生地ができたら型抜き。「丸めてみてもいいかも」「私はもっと薄く延ばしてみる」。丸や花、クマなど思い思いの形に仕上げ、焼きたてを満足そうに味わっていた。
「作り方を学ぶというより、アイデアや感性を自由に表現できる場。だから、私はなるべく手を出さないようにしているんです」と児島さんはほほ笑む。
留学経験から思い付く
幼い頃から「ケーキ屋さん」になるのが夢だった児島さん。おかやま山陽高(岡山県浅口市)の製菓科を卒業後、岡山市内の洋菓子店に就職した。憧れの世界に飛び込んだものの、ただ言われた通りに作り続ける日々に疑問を感じ、4年で退職。鬱々(うつうつ)とした気持ちに光を差したのが、1枚の風呂敷だった。
色鮮やかで、枠にとらわれない独創的なデザイン。ダウン症の人が描いた絵を意匠化したもので「迷いのない表現に救われた」と児島さん。同時に「自由な感性を尊重する活動をしたい」と思うようになった。
もう一つ、転機となったのが自らを見つめ直すために決行した半年間のデンマーク留学。現地では常に自分で考えることを求められた。「教えてもらうことに慣れていて、最初は戸惑ったけど、見本や正解がない中で考え行動することは、ものすごく学びがあった」と振り返る。
そうした経験から思い付いたのが「おしえないお菓子教室」だった。
“やってみる”ことを大切に
昨年7月にスタートし、当初は岡山市の貸しスペースで月1、2回だけ開いていた。交流サイト(SNS)で徐々に評判が広がり、今春から毎週土日曜の週2回に。7月は週4回に増やし、岡山や玉野市、岡山県早島町で開催している。
目指すのは、友達の家に遊びに行くような感覚で参加できるアットホームな教室。ただ作るだけではなく、材料を触ってみたり、味見をしてみたり…。自らの意志で“やってみる”ことを大切にする。
乳幼児や小学生が多いため、途中で飽きたり、疲れたりしても大丈夫なよう、おもちゃで遊んだり絵を描いたりできるスペースも用意する。1歳の長女と毎月参加している柳川由布子さん(31)=岡山市=は「何をしてもいいという柔軟さ、優しさがありがたい。一期一会の出会いも楽しみの一つ」と魅力を語る。
緊張から自信に満ちた顔へ
「緊張していた子も、だんだん自信に満ちた顔に変わっていく」と児島さん。
特定の音を苦手とする「聴覚過敏」のある小学生の男の子は、初めて参加した際、ハンドミキサーの音が怖くて離れた場所に避難していた。だが、次に来た時には「泡立て器でやってみる」と自ら発案。3回目には「マックスの音じゃなかったら大丈夫」と、ミキサーを使うことができた。「『こうやったらできそう』と考え、成長していく姿がうれしかった」と児島さんは目を細める。
参加したいけど会場に行けないという人のために、福祉施設などへの出張教室も検討中。児島さんは「普段はなかなかできないからこそ、伸び伸びと楽しんでもらいたい」と呼びかける。
【メモ】「おしえないお菓子教室」は年齢や国籍、障害の有無を問わず誰でも参加できる。岡山、倉敷、玉野市や早島町などで開催中。要望があれば他の地域でも開く。カップケーキやフルーツタルト、絵本に出てくるホットケーキなどを作る。参加料は1回3千円からで、菓子の種類で変わる。問い合わせ、参加申し込みは公式インスタグラムから。