「面白そうだから、行く」
千葉ロッテマリーンズ、阪神タイガース、横浜DeNAベイスターズの3球団で活躍した元プロ野球選手の久保康友がそう言い残してドイツに渡り、気づけば早3カ月が過ぎた。海外で活躍する日本人の野球選手といえば、今や一にも二にも大リーグの大谷翔平だが、野球がマイナースポーツだというドイツからは、久保がどうしているのかが全く伝わってこない。ふと気になってSNSなどを検索してみると、「久保が今週も登板中」「ドイツで10勝目」「無双状態」などの書き込みがヒット。もしかして久保、ドイツでとんでもないことになっているのか? 慌ててリモートでのインタビューを申し込んだところ、「いつでもいいですよ!」と即座に返信があった。…なるほど、好調そうである。
3球団で通算97勝を挙げ、2017年を最後にプロ野球界を離れた久保。それ以降は「世界遺産を見て回る」という長年の夢を叶えるべく海外進出し、アメリカやメキシコでプレーを続けてきた。
2020年に所属先を失ってから2年間は日本で「ブラブラしていた」が、2022年には翌年の海外行きを視野に関西独立リーグの「兵庫ブレイバーズ」でプレー。そして今シーズンは、ドイツ野球ブンデスリーガの「ハンブルク・スティーラーズ」で主力外国人投手の一人として新たなスタートを切った。6月末現在、チームは北地区(6チーム)の3位。久保はすでに2桁勝利(10勝)を挙げているという。
「正直、ドイツの野球レベルはそこまで高くはないですね。喩えるなら高校生くらいの技術にプロ以上のパワー、という感じ。パワーはすごいですよ。バットにちゃんと当たったら簡単にフェンス越えますから。ただ、ドイツ人だけだと草野球レベルになってしまうので、基本的に僕のような外国人選手がチームを支えています」
「リーグ全体のバランスはあまり良くないと思います。僕が所属する北地区でまともなチームは上位3つくらいまで。エラーが多いので、下位チームは投手がちょっと可哀想ですね。四球で出塁されると、ノーヒットで点が入ることもある。僕自身、日本だと打ち取れている当たりでも、今は『やばい!』と思ってしまう。打球が前に飛んだら大体何かが起こるので、気が抜けないんです(笑)」
久保が言うにはチームメイトも「めちゃめちゃフレンドリーな感じ」らしく、今のところ言葉がわからないこと以外(それも十分大変だと思うが)、生活に大きな不便は感じていないという。自炊が苦手でパンばかり食べているが、「ドイツはとにかくパンの種類が多い。デザートも豊富にあるので、好みに合わせていろいろ食べられますよ」と嬉しそうだ。また、ハンブルクは近隣に森などの自然が多いといい、久保は「毎日素晴らしい環境でランニングや散歩を楽しんでいます」と充実感をにじませる。
ドイツの気候で絶好調!
ただ、シーズンが開幕した春先の寒さにはさすがに気が滅入った。
「3、4、5月のヨーロッパはほんまに寒くて嫌ですねえ。でも今の季節は最高! 気温は30℃くらいまでしか上がらなくて、湿気はほぼないのでめっちゃ気持ちいいんですよ。晴れたら歩いて出掛けたくてうずうずします。こういう快適さを知ると、夏場の日本なんてもう無理かもしれません」
そういえば気温に関して、ドイツで大きな発見があったという。
「日本でプレーしていた頃は、ナイターでも30℃くらいのことがあって、先発して投げ終わると体が火照って朝まで寝られないなんてこともありました。ところがドイツでは昼が暑くても夜にはきっちり気温が下がる。すると、投げた日も普通にぐっすり寝られるんです。体もすぐ冷えて回復するので、疲労が全くたまらない。すんごい楽ですよ」
「気候によって体の調子がこんなに変わるとはドイツに来るまで思ってもみなかったですね。自分でもびっくりしています。リーグの規定でユーロ圏のパスポートを持たない外国人選手は日曜日にしか投げられないんですが、毎日でも投げられそうですもん。ヨーロッパの涼しい地域なら、まだ何年かは余裕で続けられそうです」
チームのキャプテン、本業はモデル
繰り返すが、ドイツでは野球はマイナースポーツ。チームメイトは平日は別の仕事で金を稼ぎ、週末の試合に出場するという生活だ。
「例えばチームのキャプテンは46歳くらいなのですが、職業はモデルです。みんな空いている時間に、本業で稼いだお金を使って好きな野球をしているという感じ。日本では野球はビジネスだけど、ドイツをはじめヨーロッパでは野球に金銭的な価値はほとんどありません。それをわざわざやりたいという人たちが集まっているわけですから、めちゃくちゃリスペクトしています。『そこまでして野球やりたいんや』って」
「現役を引退する人も、『3人目の子供が生まれるからどうしても無理』とか『生活が苦しくて仕事を増やさないといけなくなったから』みたいな理由が多い。それでも自分の子供には野球をやらせたいから、と、チーム運営にボランティアで関わったりしています。みんな野球が大好きなんですよね。言ってみればヨーロッパでは『先のないスポーツ』である野球を愛する感覚には驚かされ、そして心を打たれます」
ドイツでまさかの日本人対決が実現
実は久保と同じブンデスリーガ北地区のボン・キャピタルズに6月、読売ジャイアンツや北海道日本ハムファイターズでプレーした村田透投手が加入した。そして18日には早くも(おそらくブンデスリーガ初の)日本人対決が実現したが、残念ながら久保のハンブルクは敗北を喫した。久保曰く、現在リーグ1位のボンは「一番まともで強いチーム」らしい。
「彼(村田)はドイツに来る前はニュージーランドでプレーしていたので、そのあたりのことを教えてもらいました。こっちはこっちでドイツの野球レベルや気候に関して情報を伝えたり。海外でプレーする者同士で話が合いましたが、彼の方がちゃんと野球をやっていますね。僕みたいに『面白そうな国を探して行く』というよりは、『レベルの高いところ』をしっかり目指しているという印象を受けました」
日本のスーパースター・クボサン
現在42歳の久保は今のところ気力、体力ともに全く問題なし。今季の目標はまだ1勝もできていないボンに勝つことという。そういえば、ハンブルクの攻撃力は?
「そこそこのピッチャーだと打てません。相手のエラー待ちになりますね。守備が足を引っ張るのは、どこのチームも同じです」
「その点は僕も同じなのですが、牽制やクイックみたいな細かいことができるので、余計な進塁を防げるのが強みです。ドイツはそういうことが苦手なピッチャーが多い。日本で“隙のない野球”をやってきたことが今に生きていると思います」
平日は練習したり、チームのアカデミー(少年野球)で教えたり、はたまた観光したり。そして週末は「200人も入ればいい方」という球場で、「世界レベルの活躍」(チームのInstagramより)を見せる「日本のスーパースター・クボサン」(同)。
この男、どこまで行くのか。
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・久保康友Instagram @yasutomokubo86
・「ハンブルク・スティーラーズ」Instagram @hamburgstealers
・「ハンブルク・スティーラーズ」YouTube(ここで試合もチェックできる)