【日給5000円×5日間、稼働時間は各日約11〜13時間】と提示されたのは、フリーランスの翻訳通訳者Aさん。プロとして、来日外国人の滞在時の通訳から報道通訳、省庁関連の会議通訳まで多様な分野で活躍しています。
東京都の最低賃金が時間給1072円と考えると、それにもまったく満たない額。「通訳は過小評価されている」と感じることもあるというAさんに、通訳という仕事や業界事情について取材しました。
「観光、宿泊、食事込みだから安くていいでしょ」に唖然
稼働時間は11〜13時間で、日給5000円×5日間とAさんに依頼された仕事内容は海外からの旅行客への通訳業務。5日間お客さまにつきっきりの仕事であるにも関わらず、驚きの低価格提示でした。
「1日目は空港での出迎えから始まり、ホテルへ引率。翌朝はおそらく10時開始で観光地へ。移動中も会話を通訳するので気が休まりません。一緒に観光し、この間のお客さま同士の会話も通訳します。そして、夜18時~21時頃の3時間の会食中も通訳。その際、通訳者はあまり食べることができません」。昼・朝ごはんも通訳を行う必要があり、休む時間はほぼゼロ。最終日の空港お見送りまでその状態が続くそうで、朝食8時開始だとすれば21時終了で13時間稼働に。「それで5000円とは」と嘆きます。
上記のような通訳業務の場合、通訳費に加え、出迎えや観光、食事、交通にかかる費用、宿泊費用は依頼主が負担するのが一般的。しかし、依頼主からは打診の際に「観光、宿泊、食事の費用は込み(依頼主側が払う)だから、この値段でご検討を」と伝えられます。
恩に着せるような言葉に、“私は遊びにいくのではなく仕事をしにいくのに…”と違和感をおぼえ、「私は通訳費1日5万円で請けることにしています。他のお得意先にも申し訳ないですし、1日5000円で請けることはできません」と依頼を辞退。
「アテンド通訳のみ1日5000円で」との依頼に変更されましたが、やはり通常の通訳料の相場からはほど遠く。気が重いながらも断ったところ、依頼主からの連絡は途絶えましたが、憂鬱な気持ちを引きずりました。
通訳はその場で言語変換するだけの仕事ではない
企業に属し、社内通訳として働く人、Aさんのようなフリーランスに大別される通訳・翻訳者。フリーの場合は、地域の裁判所や弁護士会、警視庁に登録するほか、自ら営業活動を行う必要があります。Aさんも「弁護士会とともに、複数の翻訳・通訳会社や通訳学校に登録し、そこから会議通訳やテレビ局内通訳・取材通訳の依頼を請けています。ホームページを作っているのでそこからの問い合わせもありますね」。
通訳費・翻訳費の相場は通訳・翻訳会社や全日本通訳案内士連盟などがネットで公開。弁護士会や裁判所、観光局は独自の相場を持っています。しかし、これらを確認せず、一方的に支払い額を告げる依頼主も少なくないそう。
そんな時は自身で価格交渉することになりますが、「先方の提示額が通訳業界での相場とずれていることが多々あります。見積を依頼せずに、なぜ依頼者がこれくらいでいいだろうと決めつけるのでしょう?」とAさん。
ある程度の翻訳と通訳をカバーできる機器が登場しているものの、通訳の仕事というのは、単純にその場で言語を変換するだけではない仕事。言葉に隠された人の気持ちやその言葉の背景にある文化、習慣までをも汲み取ることが求められます。Aさんは「任せられる通訳をきちんとこなすため、私は事前に資料をもらって翻訳をします」。本番までに下準備し、知らない言葉や情報があれば、完全に理解して臨みます。
中には、この準備期間に何度も打ち合わせを要求するクライアントも。「メールのやりとりで済むものを、わざわざ時間を設けて話をしたいと。クライアントの都合なので、打ち合わせ1時間いくらと支払っていただくこともありますが、その発想がない会社も。時間も労働も費やしているのに、ただで動くと思っているのだなと悲しくなります」。
同業者で「相談しづらい」価格問題
通訳者の横のつながりは希薄なことも、こういった価格問題の一因ではないかとAさんは考えています。「二人体制で会議の同時通訳を行う場合以外、ひとつの案件に通訳者はひとり。日本の大学にはまだ通訳科のようなものはないので、独学で通訳を勉強してプロになった人がほとんど。SNSで同業者と知り合うぐらいしかないんです」。
価格相場やクライアントのスタンスなどを打ち明け合うことも稀。自分が請ける仕事の価格については口に出しづらい雰囲気があるといいます。
「自分の報酬が他の人より少ないと恥ずかしいし、高い場合これより安い価格で他の人が請ける(自分のお客さんが減る、あるいは低価格にすると市場が衰える)という考えもあるかもしれません。また、通訳者が少なく、しかも独学者が多いので、いくらでやったらいいかわからない人が多いのも事実だと思います」。
Aさん自身は新人時代に知り合った先輩通訳者から「1日3万4000円以下で請けるのは絶対ダメ」とアドバイスされたそう。以降、それをベースに価格交渉を行い、さまざまな案件によって相場が設けられていることを知っていきました。
仕事を断ったクライアントから「それなら、知り合いの通訳を紹介して」と言われるのも悩みのひとつ。「簡単に紹介して、と言われますが、それはたやすいことではありません。紹介する人に、クライアントの条件を代弁する手間や作業が発生するから、紹介料を考慮して欲しいのです。通訳手配量や通訳紹介料は1件3000〜5000円が相場ですが、それも紹介者への依頼が成立した場合に限るのがほとんど。決まらなかったら、こちらには何も入ってきません」と実情を明かします。通訳者の集まるSNSコミュニティで、紹介案件の情報共有を試みたこともありますが、それも手間がかかったそう。
また「通訳料自体が安い案件の場合、同業者を紹介するのも気が引けます」とも。紹介のやり取りを行うだけで、時間も手間も食うので、「最近は同業の知り合いはいないということにしている」と話します。
仕事への誇りと愛情、そして向上心で、20年のキャリアを重ねてきたAさんは、「通訳は、勉強と訓練がたくさん必要な仕事。その分お金もかかる職業です。そのうえ、フリーランスは福利厚生もなく、すべて自分の責任でやっていくことが求められます。一般の会社員より安い報酬だったら生きていけません。通訳という仕事へのリスペクト、そして人の時間に対するリスペクトを見せて欲しいと願っています」。
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これは通訳に限らず、カメラマン、イラストレーター、ライターなど業種問わず、同じこと。1人前になるには、そのための勉学や修業、知識の蓄積あってこそ。プロの技への対価を忘れてはなりません。