吸い込まれるような美貌と実力を兼ね備えた宝塚歌劇団雪組男役スター・朝美 絢(あさみじゅん)が主演する、『ミュージカル・フォレルスケット「海辺のストルーエンセ」』の大阪公演が2月24日に開幕。2月3日から12日におこなわれたKATT神奈川芸術劇場公演を経ての上演で、朝美にとっては梅田芸術劇場シアター・ドラマシティでの初主演作となる。
作・演出は『龍の宮物語』『冬霞の巴里』と、耽美的な作品を届けてきた若手演出家・指田珠子。18世紀中葉のデンマーク王国で、町医者から宮廷の専属医となった実在のドイツ人、ヨハン・ストルーエンセを主人公に、フレンチロック風の音楽を織り交ぜながらときにポップに、ときに叙情的に展開するオリジナルストーリーを創り上げた。
朝美が演じるヨハンは、世界は全て科学と理性に基づいていると考え、平等で自由な権利を獲得するために貴族中心の社会に反発。「俺は世界を変える何者かになってみせる!」と野心を抱いている人物だ。美しい天才医師として貴族たちをも虜にする一方で、シニカルな態度や言動がふいに飛び出す二面性に惹きつけられる。
ヨハンはデンマーク王の元侍従長・ブラント(諏訪さき)と、元側近のランツァウ伯爵(真那春人)から、酒浸りの日々を送る暴力的な王クリスチャン7世(縣千/あがたせん)の病を治す依頼を持ちかけられ、宮廷に出入りするように。次第にクリスチャンの信頼を得て国政まで操るようになるが、王妃カロリーネ・マチルデ(音彩 唯/ねいろゆい)と惹かれ合い歯車が狂っていく。
王妃にも冷たく狂暴だったクリスチャンがヨハンの「治療」で穏やかになり、異国のイギリスからデンマークに嫁ぎ引きこもり気味だったカロリーネも彼の「治療」で、本来の活発さと自由な性格を取り戻していく。計算高い野心家のように見えて、実はその奥に純粋な心根を持つヨハン。カロリーネに自分でも想像しなかった行動をとり、心底戸惑うような表情を見せるときの瞳の輝き。最後のシーンで見せる彼なりの優しさ。複雑なヨハンの心情を、ときに床に突っ伏して慟哭しながら演じる朝美の姿に、深く心をえぐられた。
破滅へと導かれるヨハンの運命に、ふと今、上の梅田芸術劇場メインホールで『ドリームガールズ』に主演し素晴らしいディーナ役を演じている元雪組トップスター・望海風斗主演の『ドン・ジュアン』を思い出した。破滅のタイプは違うけれど、望海にとって『ドン・ジュアン』が男役の大きな転機となったように、その人間力で周りを引き込むヨハン役は、朝美にとって大きな財産になるのではないだろうか。
ヨハン、カロリーネ、クリスチャンはいわゆる三角関係とも言えるが、不思議な絆で結ばれているのが面白い。愛を知らない幼少時代を送ったクリスチャン、ヨハンと同じく啓蒙思想に傾倒しているクレバーなカロリーネ。それぞれが国を変えたいと思い、ある意味闘っているところがキャラクターに躍動感を与えている。音彩は入団4年目ながらロココ調の華やかなコスチュームを着こなし、澄んだ美しい歌声で堂々と朝美を相手に芝居をこなす。今や雪組をしっかりと支える男役スターになった縣千は、『蒼穹の昴』で光緒帝を好演したのが活きる演技で、王の葛藤や存在感を示した。
また、本作はシェイクスピア作品に通じるような奥行きのある台詞、海辺を舞台にしたセットの色使いや、趣向を凝らした衣装まで指田の作劇のこだわりを感じる。それぞれの立場での生き様を、細かな所作や含蓄ある台詞に込めた官僚や王宮の人々、一座の役者たち。奏乃はると、真那 春人、愛すみれ、白峰ゆり、妃華ゆきの、叶ゆうり、諏訪さき、日和春磨、一禾あお、華純沙那など、雪組メンバーが演じたどの役も印象に残る。
海辺にたたずむ澄んだ瞳のヨハンは何を思うのか…。数々の北欧神話が残る、厳しい自然界のデンマークを舞台にしたエモーショナルな芝居の後は、エネルギッシュな群舞のフィナーレへ。デュエットダンスは朝美がひざまずいて音彩の手にキスをするなど、芝居仕立ての流れで魅せる。
初日前日におこなわれた通し舞台稽古で朝美が、「健康第一に完走したいと、熱意満点で公演してまいります」と満面の笑顔で語ったのも印象的だった。公演は3月2日まで。
宝塚歌劇雪組シアター・ドラマシティ公演
ミュージカル・フォレルスケット『海辺のストルーエンセ』:https://www.umegei.com/schedule/1078/